つむぎとうか
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時計の針が音を刻む。
とりどりの楽器による演奏が、定期夜会の開始を告げた。
「一緒に踊りましょう」
カイトの耳元で、女は囁いた。
うんざりして遠ざける。美しいと賞賛を浴び、自信を以ってここに来た女なのだろう。化粧を施した顔は確かに整っているが、全く興味がない。
何もしなければ妹の足元にも及ばないような顔立ちだ。
城に一般国民を招待する夜会では、貴族に見初められる夢を抱いて乗り込む女も多い。頂点に存在する王族は顔も知られているので、声を掛けられる回数も多かった。
いつもなら仮病で逃げるのだが、ルカを見送った際に父母にがっちり拘束されてしまった。
『カイト、お前は次代を担う王なのだ。正式な妃でなくとも良い、女性の一人や二人囲ってはどうだ』
『そうよ。ルカも結婚を見据えて隣国へ行ったのよ』
妹を赴かせた本当の目的は伏せてある。
父王や母后は愚かな人たちではない。ただ情に流されやすく、時々呆れてしまうだけだ。
――この国の現状だけでは、将来安泰とは言えないのに。
カイトやルカには、周囲がスローモーションで動いているように映っていた。
今の治世に父は満足しているようだが、もっと栄えさせたい。そのために王位を継いだらどう動くかも、既に計算していた。
政略結婚だって視野に入れているが、個人の感情で異性に興味を持った記憶はない。
『不感症なんじゃないですか』
とは妹の評価だが、ルカとて色恋に溺れた経験はないはずだった。
さっさと退散したい。
欠伸を堪えた次の瞬間。
頑固に動かなかった彼の瞳は、鮮やかな影に吸い寄せられていた。
茶髪に紅い双眸、引き立てるように赤系統で揃えたドレス。
派手な衣装に負けない華やかな存在感。
女は、軽やかな足取りでステップを踏んだ。
相手を務めた男は滑稽だった。蝶のように舞う彼女を、少しも捕らえられていなかったから。
場内の注目を一心に集めた女は、今夜の主役にふさわしかった。
「一曲申し込んで来い」
父王に言い含められるまでもなく腰を浮かしかけていたが、渋々といった体裁でホールまで降りて行った。
王子の歩みを遮る者などいる筈もなく。
「こんばんは、薔薇の化身のお嬢さん」
「王子様に声を掛けていただけるとは光栄ですわ」
近くで見ると、勝気そうな瞳の輝きが印象的だった。
踊り終えたら名を尋ねようか。
あっという間に夕刻。
ルカは、空色の淡いドレスを纏った。
光沢の薄い生地は落ち着いた感じで、その分アクセサリーを豪華にする。
仕上げに紅をひいて、手伝ってくれた侍女たちに礼を述べた。
「姫様自身が、どんな宝石にも劣らないほどお綺麗です」
世辞だとしても柔らかな笑みを向け、迎えが来るのを待つあいだ。
「ねえ、王子はどんな方なの?」
若い同性の立場を活かして、彼女らの主人評を探ろうとする。
「王子は、優しい方ではあるんですけど・・・正直申しますと頼りないというか」
「国政に徹底的に無関心なんですよねえ」
「カイト殿下と対照的ですわ」
兄に興味津々のようだった。
(まあ、下手に政治に口出ししないのはそれはそれで正解だと思うけど。情報がなければ対策も立てようがないわね)
城中を動き回る侍女たちにもあまり目撃されず、自室に籠りがちだという王子。
謎だらけで、正直自信が持てないでいる。
「あ、呼び鈴が鳴ったわ」
扉を開けた侍女は驚愕した。渦中の人が目の前に現れたので。
「王子、部屋間違えてます?ここは客人の姫君がお使いなんですよ」
「知ってる。会場まで連れて来いと言われた」
背の高さは兄を抜くくらい。髪は長く後ろで括っている。
顔は逆光でよくわからない。
「手ずからの招待、痛み入ります、がくぽ様。隣国より参りました、ルカと申します」
こちらの支度は整っております。
先ほど侍女たちに向けた、優しい微笑みを引っ込めて、名代としての顔つきをつくる。
「そう肩肘を張らずとも」
ふわり、形を崩さない程度に髪を撫でられた。
思わず見上げると、紫水晶の瞳に射抜かれた。
このとき、ルカの心に泣きたいような衝動が湧き上がった。
緊張のせいかと思ったのだけれど。
がくぽがルカの手を取ってホールへと歩いていた頃。
メイコは、馬車で居心地の悪い思いをしていた。
夜会に招かれた娘たちには城から迎えが寄越されるのだが、皆こぞって小奇麗な格好をしている。
『あちらに着いたら、衣装は主催の方で用意してありますから』
慰めてもらっても足りない。メイコだけ明らかに場違いな、古ぼけた外出着を羽織っていた。
隠し持った武器が、いつもより重い。
でも、仕事はきっちりこなさなければ。
今までと何も変わることなく、やり遂げてみせる。
痛くなるほど強く、拳を握った。
続く