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つむぎとうか

   
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暁ばかり
パラレル・時臣さん先天性女体化注意
凛ちゃんは時臣さんの妹

ギルさんが 病んで しまった!


 朝焼けが、時臣は好きだった。
 一日の始まりの色。眼前が暁に染まるのは毎日生まれ直しているみたいで心地よい。起き抜けの意識が、陽の光を浴びることで浮上していく。
 夜遅くまで課題や読書に熱中することが多く、睡眠不足にも陥りがちであったが、どんなに疲れていても日昇を見過ごすことはなかった。
 ……この部屋に連れてこられるまでは。

 固く瞑っていた瞼を開けば、鮮やかな緋色の双眸が細められた。
「おはよう、時臣」
 返事はしない。それでもギルガメッシュは微笑を崩すことはない。
 横たわったままの肢体をふわりと抱いて、愛おしげに頬や首筋に唇を寄せてくる。

 閉じ込められてどれだけの時が経つのだろう? 窓のない部屋では室内光に頼るしかなく、時臣の体内時計はすっかり狂ってしまった。
 必要がない。最低限の情報すら与えられないが、外に出ないのなら無意味だ。
 濁りきった瞳を、時折瞬かせるほかは、彼女は人形のように身じろぎひとつしない。



 逃避行に終止符が打たれた日――
『本当に一人で来たのだな』
 呼び出した場所に現れた彼の声は意外そうだった。内心、綺礼を同席させなかったのを愚策と嘲っているのかもしれない。
 確かに、単身話し合いの席に出向くと告げたら綺礼は反対した。心配だから側に付かせて欲しい、と。
 でも、ギルガメッシュには二人きりでと前もって言っておいたのだ。嘘にしてはいけない。
『ええ、そう伝えたでしょう?』
 緊張していたが、落ち着いた振る舞いを装い席に座る。男の表情は逆光で見えなかった。
 こじんまりした喫茶店には他に客もいない。現れた従業員に紅茶を注文し、無言で到着を待った。
 カップが運ばれてきて、まずはギルガメッシュが口火を切る。
『婚約なら破棄せんぞ。交わして十年も経つのに取り消すわけがないだろう』
『けれど、そろそろ実家からは勘当されてる頃でしょうし』
 一生懸命に言い募った。
 貴方が感じていたメリットはもう得られない、意に添わない相手との婚約などもう続行しなくても良いはずだ。政略結婚が嫌なら、もっと早くにこうすべきだったのだ、と。
『そうまでして、我から逃れたかったのか、時臣』
 彼は時臣を厄介がっていたはずなのに、どうしてかひどく傷ついた声で呟いた。
 否定しようとして、喉がからからに渇いていることに気づく。
 カップを傾けて飲みこみながら、妙な味だと訝しんだ。
 アールグレイは癖のある茶葉だ。それでも、独特の風味とは違うえぐみのようなものが感じられて――
 すぐに手足の痺れが襲ってきた。
『つまりお前は、もう遠坂に匿われることもないのだな? 好都合だ』
『! っ紅茶に、何を……』
 ――即効性の毒だ。
 嬉しくてたまらないというように、笑いを含んだ声が響き。
 時臣の意識はそこで途切れた。



 目覚めたのは、スプリングのきいた白いベッドだった。
 寝具はどれも高級品の肌触りで、ただしそこから半身を起こすことも出来ない。両手足を拘束されていた。
(ギルは、私と話し合う気なんてなかった)
 店を買収し、注文した紅茶に致死ではない毒薬を盛って。裏切り者として憎まれているのなら仕方のない仕打ちだ。 こんな目に遭わされるのが自分だけならまだ良いのだけれど。
 ――綺礼は、どうなる?

『起きたのか』
 やがて扉を開く重々しい音がして、姿を見せたのはやはり金糸の髪の男。
『ギル、どうか綺礼には手を出さないで……罰は、全て私が受けますから……!!』
 動かせる限りに頭を下げて懇願した。その首に指をかけられ、無理やりに視線を合わされる。
『異なことを言う。あの男も等しく我を怒らせたのに? お前次第だな、時臣』
 激昂はもう収まったと、奇妙なほど穏やかにギルガメッシュは続けた。
 欲しかった物は、もうこの手の内にあるのだから、と。
『貴方に従います。これから先、決して逆らいませんから……』
 弱々しい囁きで服従を唱えると、ならば、と耳朶を食まれた。
『我の前で、他の男の名を呼ぶな』



 それからずっと、時臣は外界との接触を断たれていた。
 広いばかりで極端に家具の少ないこの部屋は、どうやらギルガメッシュの所有する宅に造られたらしい。
 時計もないため、男の零す「おはよう」や「おやすみ」を判断材料とするしか、ない。
 はじめの数日は軟禁状態がつらく、何度も命を絶とうと思った。けれど死んだら矛先が綺礼に向かうかもしれない。その方がきっと何倍も苦しい。

 ギルガメッシュが何を考えているのかがわからなかった。
 彼の言葉を信用するなら、毎晩、欠かさず訪れた。
 荒々しく抱かれる事もあれば、無言のまま添い寝だけを求められる夜もあった。
 どんな彼も、時臣は静かに迎えて拒まない。
「今日はな、留学を取りやめてきた」
 直に帰国する――もちろん、お前も連れて。
「こことよく似た部屋を用意させよう。お前が望むなら調度品を増やしても構わぬ。だが、……やはり、誰の目にも触れさせたくない」
 家族や友人、そして彼女を奪おうとした恋人にも。
 時臣は、近頃滅多に動かさなくなった表情を僅かに変える。
「出たいとは、言いません」
 自分が大人しく彼の支配を受け容れていることが、大切な人たちを脅かさない条件ならば。
「どこへでも行きましょう」

 好きだ、とギルガメッシュは言う。かつてすれ違っていた日々の埋め合わせをするかのように。
 二度と出られないということを除けば、寂しさも疑いも感じずにいられる。
 それでも。
 どれだけ愛を伝えられても、彼女が応えることはなかった。芽生えた想いを殺すことは出来なかった。

 会いたいと、声にならない願いだけを心の奥底に募らせてゆく。

 この夜が明ければ、移動のために一瞬だけ外に出る。
 見られる朝日は眩しいだろうか。
 きっと、悲しいほどに鮮やかな緋色なのだろう。
(綺礼……)
 どこかで、彼も同じ景色を眺めてくれていたなら幸せだと、時臣は思った。

   +++++

 どこにもいない彼女を想う。

 憔悴しきった面持ちで帰ってきた綺礼を、雁夜は慰め、凛は涙目で睨んだ。二人共時臣の安否を心配していたに違いないが、綺礼を慮ってくれたのだろう。
 遠き地で行方知れずになったのは時臣だけではない。ギルガメッシュも、一度も関係者たちの前に姿を現さない。
 一度だけ、彼の目撃談を聞いたことがある。留学を途中で止めたのだと、手続きのために大学構内に居たのだそうだ。
 穏やかで優しい目つきをしていたと、その学生は意外そうに語った。

 どうして、ひとりで行かせたのか。
 あの日、無理にでも彼女に付き添って行くべきだった。綺礼の恋人はいつまで経っても戻らなかった。
 悔やんでも遅い。守ると誓って腕を取ったのに――

「この手で、幸せにしたかったのです。けれど、私のしたことは結局、貴女を追い詰めただけだったのかもしれない」
 綺礼が横恋慕さえしなければ、彼女は予定通りギルガメッシュと結婚していたことだろう。
 でも、触れずにはいられなかった。



 懺悔を繰り返しながら、長い夜を過ごす。
『ありがとう。私を見つけてくれて。一緒に、来てくれて』
 夢の中で彼女は微笑む。綺礼もぎこちなく笑みを浮かべると、手をつなごうとして、――掴む寸前に覚醒する。
 朝焼けは残酷な現実を引き連れてくるばかりだ。

 
 なんて悲しい夜明けだろう。



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