つむぎとうか
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「奥、村?」
気圧されたように勝呂が息を呑んだ。泣きそうな顔をさせているのは他でもない燐で、ああ怯えさせて済まないという気持ちと、もっと怖がらせたいという醜い欲求とがせめぎ合う。
ここは燐の自室で、同室の弟は残業とやらでいつ帰るかわからない。
課題を手伝ってくれと泣きついたが、下心もないではなかった。いちど打ち解けた相手には勝呂は親切で、呆れた口先で燐の世話を焼いた。
(かっこいいよな、本当に)
「一体どこがわからへんのや」
思わず見惚れていたら、動かない手元を咎められた。机に広げたプリントを覗きこまれて、進んでいない箇所から解説してくれる。真面目に聞くべき場面だったけれど、吐息のかかりそうな近距離に思考回路はぐちゃぐちゃだ。
「どうやっていいかわかんねー」
「おう、そりゃ重症やな。ここ基本単元やっちゅうのに」
「わかんねえんだよ。勉強も、お前の気持ちも」
途切れた集中力が戻るはずもない。――筆記具を置く。
目的から逸脱した燐に、勝呂は予想通り眉根を寄せた。
「課題せぇへんのやったら帰るぞ」
椅子から立ち上がって踵を返しかけた勝呂を捕まえる。力づくでも離したくはなかった。
「逃げるなよ、無かったことにしないでくれ」
先日、燐は勝呂に告白をした。同性にも関わらず惹かれたと伝えた燐を、勝呂は拒絶こそしなかったがしばらく考えさせてくれとだけ言って保留にした。
それなのに呼び出しには応じるのだ。
「勝呂が好きだ。部屋にふたりきりとか、心臓に悪ぃ……友達のままがいいなら、期待させないでくれ」
今ここであの時の返事をくれ、と。
壁際に追い詰めたのは燐なのに、迫る側がぼろぼろ泣くなんて不様だ。
襲われているくせに、勝呂は一切抵抗の素振りを見せないのだった。
「答えても、ええのんか」
傷つく覚悟が出来ていたといえば嘘になるが。
Tシャツの袖で涙を拭いながら頷いた。嫌だと言われたら素直に引き下がろう。
「俺は、お前から逃げへん」
ぎゅっと目を瞑って、歯を食いしばっていたのだが。
背中に回された両腕の感触に、まばたきを繰り返す。
「い、いい……の、か?」
「男に二言はない」
おそるおそる問い掛けた燐を勝呂の真っ直ぐな視線が射抜き、偽りなどではないことを教えてくれる。
ただし痕は残すなというゴーサインに、噛みつくような口づけをぶつけた。