つむぎとうか
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真夜中、喉が渇いて冷蔵庫を開ける。
(……なんもない、空や)
金持ち学校なだけあって、正十字学園は付属寮の備え付け設備も豪華であるが、容量の大きな冷蔵庫があったとしても、中身は自前。四人中三人が質素倹約を旨としている志摩たちの部屋には、水分も食糧も最低限の蓄えしかなかった。
(最終手段の水道水――は、この前お腹壊してしもうたし。しゃあない、割高やけど自販機で買うて来よ……)
就寝中のルームメイトたちを起こさないように慮って、財布の中身を確認しながら談話室に向かう。ベッドのひとつが無人なのには心がざわめいたが。
不在なのは勝呂だ。京都を出る時、父や兄に主を護るようさんざん言いつけられたけれど、――危険な目には遭わないとわかっている。
どうせ、燐の部屋を訪れている。課題を教えてやるのだとかいう口実は、彼等の関係を察している志摩にしてみれば白々しく聞こえるばかりだ。
兄弟二人しかいないあの部屋は、さぞや逢瀬にうってつけだろう。
特に、雪男が任務で留守にしている今夜などは。
「夜間徘徊とは感心しませんね」
談話室には先客がいて、志摩の姿を認めると、眼鏡の奥の瞳を細めた。
「ジュース一本欲しかっただけですよって」
暑苦しいコートの脇をすり抜けて、点滅している機械に小銭を入れる。ごろんと落ちて来た炭酸飲料を一息に飲み干し、小言を追加される前に退散しようと背を向けかけて――
思い直して立ち止まった。
「先生は、任務帰りで休憩してはるんやろ?明日に備えて早う寝た方がええですよ」
「そうですね、すぐ仮眠室で横になります」
廊下へ出ようとした雪男の服の裾を掴んで、志摩はわざとらしくしなだれかかった。
「俺も添い寝しよっかなー」
「……駄目です。寝坊しそうな志摩君を起こすのは面倒なので」
仮眠室にベッドは一台しかなく、寝心地も決して良くない。疲れた身体が睡眠をとるには、慣れた布団の方が適しているのだが。
なぜ自室に寄りつかないのだと、そんな愚問は投げない。雪男も勝呂が泊まりに来ていることは悟っているだろうから。
「えー、人肌のぬくもりで癒してあげられますよ?」
「その達者な口を閉じてくれた方が癒されます」
「黙らせたいなら塞いだらええですやん」
悪戯っぽく片眼を瞑る志摩に、雪男はただ呆れる。
「すごく不毛な提案ですね、それ」
綺麗な女性が誘ってくれるなら嬉しいんですが、などと嘯くものの、志摩を相手には無意味なこともわかっている。ほんものの茶番劇。
「堅物装って、ムッツリブラコンなのが奥村先生、でしょ?」
「女好きカムフラで勝呂君しか見てない君に言われたくないな」
似た者同士。どちらも叶わない想いを抱え、焦がれる熱を持て余す。
――勝呂と燐のしあわせの影に隠れて。
志摩が幼なじみを恋うていること、雪男が兄を肉親とは思っていないこと。互いの本音が手に取るようにわかってしまうから。
それでも、理解者がいることで救われる。
「知ってます?俺、坊が手に入らんなら女の子やのうても慰められたいんですわ」
「情けないですね。女性を身代わりにするなんて最低じゃないですか」
――それならまだここに来られる方が、ましです。
夜明けまで数時間。
狭い狭いと文句を垂れながら、いつの間にか双方意識を沈ませた。
朝が来る。
やはりすんなりとは目を覚まさなかった志摩を、無慈悲に見捨てようと思ったが。
「寝てるくせにこの握力かよ」
舌打ちしながら、まとわりつく指を引き剥がす。
「起きろ、起きなくてもいいから離せ。こっちは遅刻常習犯の君と違って出勤準備で忙しいんだよ!」
「んーむにゃむにゃ……ほんまつれへんなー、坊は……」
兄以外の体温なんて求めていないのに、こっちはちゃっかり夢で満たされている様子なのが腹立たしい。共寝など断固断るべき事態だった。
肩を掴んで揺らすと、かたく閉じていた瞼がようやっと開いた。
「こらっ、志摩君」
へらり、気の抜けた笑みを向けられた。
「同じ布団で寝た仲やのに、他人行儀ですやん。名前で呼んでくれはりません?」
いつまで寝惚けているつもりなのか。
「これ以上ふざけるようなら、枕元の拳銃が火を噴きますよ?――廉造君」
絶対零度の声音に、志摩はようやく眠りの淵から帰還したのだった。