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つむぎとうか

   
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迷走行進曲 1
燐勝+志摩雪
志摩→勝呂、雪男→燐が前提。

 近頃、勝呂の規則正しい生活がわずかに乱れ始めた。
 相変わらず志摩とは比べられないほど早寝早起きであるとはいえ、これまでずっと朝五時半には起きてランニングに精を出していた彼が、七時に食堂に姿を現す日が訪れようとは思わなかった。
 朝食を共にできた子猫丸は嬉しそうにしていたが。余裕もなく遅刻ぎりぎりだった志摩は、伝聞だけで彼に起きた変化を訝しんだ。

 五月半ば、祓魔塾の教室でもゆるやかに輪が出来つつある。
 勝呂が志摩や子猫丸とばかり固まる状態は明陀の者としては歓迎すべきだが、新しい仲間と打ち解けるのも大切なことだ。
(ホンマにそれは、ええことなん?)
 思い浮かべるのは、単純そうに見えてどこか得体の知れない、黒髪のクラスメート。
「よう、坊っ」
「……その呼び方はやめぇ!」
「じゃあ勝呂?それとも、竜士?俺のことも燐って名前呼びで構わねーぞ!」
 志摩では到底できない接し方で、瞬く間に勝呂と親しくなっていった、――奥村燐。
 勝呂は自覚していないだろうが、今月に入ってから、子猫丸と志摩と三人でいる時も、話題に上らせることが多くなった。
 柔らかい表情。彼の中では燐も“特別”になってしまったのだと、わかった。
 
 生まれた時からの縁で、ずっと勝呂の側に居た志摩たちとは異なり、燐ははじめてできた純粋な友人なのだろう。
 幼なじみとして彼の中で特別な位置を占めていることはわかっているし、その立場にこれまで誇りを抱いてきた筈だ。
(でも、俺は坊だけ見てきたのに)
 物心ついてからずっと。いくら女の子が大好きでも、最優先は勝呂なのは変わらなかった。
 狡い。志摩はこんなに想っているのに。
 仲良くなってもいい。色々不思議なところはあるが、燐に裏表がないのはこれまで学んできてわかっている。勝呂にとっては好ましい性質だろう。
 けれども、自分たちを越える存在には決してならないだろうと――

 高を括っていたのが敗因だったのか。
 それは突然、何の覚悟もしていない志摩にもたらされた。

 昼休み。
 勝呂にしては珍しい失態――今朝の寝坊――をからかって、お前はもっと寝てたやろうが、と逆襲をくらい、苦笑いの子猫丸にとりなされ、と、全く以ていつもの調子で。
「あれ、もう蚊って飛んでましたっけ?」
 目敏い子猫丸が勝呂の首筋を指差した。
 赤くなってますよ、早速刺されたんですか?――言われてやっと気づいたらしい彼が、つかのま視線を泳がせたのを見逃す志摩ではなかった。
 表向きは、ひゃあもう虫さんがそこらじゅうにいてはる季節なんやね、と半泣きで自らの両肩を抱いて震えてみせ。志摩の虫嫌いを熟知している幼なじみたちは、呆れたり慰めたりそれぞれらしい反応をくれた。
 けれど、志摩は確かに聞いたのだ。溜め息に紛れさせた、勝呂がちいさく呟く声を。

『痕、つけんなって言うたのに』

 胸騒ぎがする。相手を匂わせることばはないのに、わかってしまう。
 手に取るように読める、彼の心の動きが。

「坊は奥村君が好きですやろ?」
「藪から棒にどうしたんや」
 不自然なほどにまばたきを繰り返すのは、昔から彼の癖で。
「俺も好きですわ」
 薄く開いた瞳の奥に走る、動揺。
「関わるとロクなことにならへん気ぃしますけど。ほっとけへんし、……杜山さんともお近づきになれますやん!」
 最後の部分を殊更強調してにっと笑えば、途端に安堵を滲ませる。
(ほら、俺の方がずうっと坊のことわかってるのに)
 湧きあがってくる敗北感の正体は、長い年月をかけて培ってきたもの。
 中学時代に自覚しかけたものを、気のせいということにして忘れてしまっていたのに。
 忘れられたと、思ったのに。
 急速に育っていく醜い感情を、制御する前に認めなければいけない。

(奥村君がええ人でも、絶対に渡しとうない)
 どうすればいいのだろう。勝呂をこちらに取り戻すためには。――志摩に、振り向かせるためには。

 それから彼は、どんな授業や悪だくみの時よりも深く考えを巡らせた。
 

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