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つむぎとうか

   
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狂宴のあと
エルルカ+ルカーナ・オクト。
悪ノP「ヴェノマニア公の狂気」その後。

名前は出ませんがカイルカ前提です。

闇に包まれて現れた影に、ルカーナは花笑みを浮かべた。
「こんばんは、エルルカ様」
「器を寄越せと言う相手に、丁寧なことねぇ」
強奪者にお茶まで用意しているものかしら?ふつうの人は。
黒いマントを脱いで露わとなったのは、白い肢体の美女だ。
「待ち焦がれていましたわ。恋人との逢瀬よりも」
夢をみるようなふわふわの声で、魂などとうに明け渡してしまったかのように。
この娘は壊れてしまったのだろうと、エルルカは思った。
何て都合が良いのだろう。
連続誘拐事件の被害者たちは、生還後も迫害に遭っていると聞く。
ルカーナの場合は町中に頼られる仕立屋であり、名家の圧力も働いているので、表だって噂されることはないようだが――心が深く抉られたのでは、修復しようもない。
香りの立ち上るカップを傾けながら、エルルカはどうしたものかと逡巡した。
すべてを執り行うのは今夜だと予告していたが、未練はちゃんと断ち切ってきたのだろうか。
「あの男にはちゃんと別れを言えたの?」
「いいえ。顔を見たらまともに口が利けませんもの」
昼間あのひとは客として訪れてくれましたけど。
ああそうだ、ちゃんと店を引き継ぐ方に手紙を書いてきましたよ。

”今までの働き、そして店のことを引き受けてくれて本当にありがとう。私はしばらく旅に出ます。細かいことはあなたのお好きになさってね。
                                       ルカーナ・オクト”


エルルカは口笛を吹いた。この世に留まるつもりもないくせに。
「じゃあ、貴女を貰うわね」
手を伸ばすと迷いもなく握りかえされた。従順な僕にはかえって気後れしてしまう。
理想通りのシナリオ。
(月が綺麗ね。この娘を送るのには似つかわしいかしら)
窓から仰いだ空には雲ひとつなく。
儀式を行うにふさわしい晩といえた。

攫われ操られた、束の間の悪夢。
その後に待ち受けていた苦行の記憶。
すべてを捨てて遠い遠い場所に。

ルカーナは純真な娘だった。周囲の白い目以上に、将来を誓った恋人を裏切った事実が、彼女の精神を蝕んだ。
責められないからかえって苦しい。
愛していたつもりだった。だが、姿をやつして救ってくれるほどの強い想いを、自分は彼に返せていただろうか――?
身を裂かれそうな自己嫌悪に溺れ、死を選ぼうとした矢先に。
エルルカが現れ、彼女に取引を持ちかけたのだった。

「あなたは私の恩人です。けがれた身体を必要だと言ってくれる」
「代わりに心を乗っ取られるのよ?」
恋人に知られたら激怒されるでしょうねと、魔女は苦笑した。
悪魔に憑かれたヴェノマニア公を退治した貴族の青年は、ルカーナの内面こそを愛していたのだから。
「いいんです。あのひとは身分もかけ離れた私のような女を見つけてくれて、妻にと望んでくれた。あのひとが許してくれても、私は私を憎みます」
『生涯にただひとり、貴方だけを』
ーー守れなかった約束。
「エルルカ様。自分で言うのも妙ですけど、あのひとは私に執着してますから。中身が入れ替わってからは、顔を合わせないようお気をつけてね」
“偽物”とわかったら、貴女を狙うかもしれません。
悲しげに、僅か誇らしげに忠告したのが、彼女の最後の言葉だった。
ルカーナ・オクトの意識は消え失せた。

青年は馬から降りて町の仕立屋へ向かった。
両親や親族からは反対される一方だった。貴族につりあう出自ではなく、あまつさえ悪魔の餌食となって。
でも、それくらいで棄てるような想いじゃなかったから。
やっと掌中に取り戻した恋人に誓いの指輪を捧げるべく。
臨時休業の札に首を傾げながら、青年は木の扉を押したのだった。

終わり
 

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