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つむぎとうか

   
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終わりの鐘は、高く Ⅸ
パラレル・女体化・死にネタ注意。舞台はどこか外国。時臣と凛と桜が姉妹。

 凛が、禅城を離れて実家の家督を継ぐ、と宣言したとき、周囲は呆れたりあからさまな嘲笑を浴びせたりした。
 仕方のない反応ではある。前当主である長姉の逝去後、遠坂の資産は空同然で、継ぐといっても名目だけに過ぎない。
 理解を示してくれたのは、従姉の葵と、自分と同じく間桐の養子となった妹の桜くらいのものだ。
『わかったわ、凛。こんなこともあろうかと、時臣から遠坂に関わる書類一式を預かっているの。あの子は渡すのを渋っていたけれど』
『私も、数年経ったら凛お姉さまと暮らすつもり。おじいさまとおじさんは心配してくれているけれど、遠坂の家も大事だから』
 亡き姉の願い――姉妹揃っての生活を取り戻したいのだ。凛も桜も未だ勉強中の学生の身だが、それぞれ家業の手伝いなどで僅かながら収入を得ている。
 二人で力を合わせて、細々と暮らしていくなら何とか飢えずに済むだろう。
 去年までは、口にすることすら憚られる宣言だった。当主と名乗るに十三歳では幼いという一般的観点もさることながら、“遠坂”で起こった醜聞はまだ世間の記憶に新しかったので。

 おかしなものだ。あの“事件”に於いて被害者という位置にいたにも関わらず、遠坂時臣はまるで二人の男性を惑わせた元凶のように囁かれた。
 元婚約者と神父を両天秤にかけ、うち一人とは同居までしていた。没落貴族の令嬢が、貧しい日々の憂さ晴らしに手玉に取っていた――
 憶測だらけの噂を初めて聞いた時、凛は盛大に眉を顰めた。
 まるであの家に時臣と綺礼しかいなかったような言い草だ。自分と桜もいたのに。綺礼は使用人というより家族みたいな存在で、姉との仲は妹ふたりがじれったくなるくらいに進展しなくて。
 親交のあった町の人たちも同意見だった。全く会話したこともない人々が、面白おかしく事実を脚色して広め、あまりに実状からかけ離れていって、半年後にはもはや笑い話になった。
 時臣を口汚く罵った筆頭は、殺された男の両親だ。凛たちが姉を愛していたように、彼らにとっては自慢の息子だったのだろう。
 さらに一年半が経つ頃には、誰もが事件など忘れたかのように振る舞った。
 それが町の人たちの優しさなのか、本当にどうでも良くなったのかは定かでないが、風化していくのが正しい在り方だと思う。いたずらに傷を増やすこともない。
 今でこそばらばらになってしまっているけれど――
 二年前まで、遠坂家は三人姉妹の四人家族だった。もっと昔は両親もいた。父母の没後、綺礼がやって来て、それから三年間、にぎやかな日々を過ごした。
 楽しかった思い出たちを、凛と桜は忘れずに大事にしまっておけばいい。



 十四歳になったと同時に、遠坂家当主を襲名した。
 葵たちの厚意で相変わらず禅城家に住まわせてもらったままだが、もうしばらく働いたら、桜の手を引いて小さな部屋を借りる段取りを既につけてある。
「誕生日おめでとう、桜」
 春の陽射しが柔らかに注ぐ、三月。
 実妹を祝うために間桐の屋敷を訪れた凛は、雁夜の友人という男と遭遇した。
 衛宮切嗣。凛と桜にとってかけがえのない友人の義父でもある。
 身寄りをなくした士郎を拾ってくれたという切嗣は、獄吏という、町の人々からは敬遠されがちな職業に従事しているのだそうだ。
「君、どこかで会ったことが……?」
 凛を見て、不思議そうに首を傾げる。
「私の年齢で囚人に面会に行くのは珍しいのね、やっぱり。いえ、遺族が犯人に、というのもかしら」
「お嬢さんは、言峰綺礼の縁者なのか?」
 切嗣の口から発せられた名前に、懐かしくなり目を細めた。



 それは時臣の死からちょうど半年が経過したときのこと。
 変死ということで、解剖にだされたままだった遺体がようやく返還されたのだ。喪失の痛みを再び味わいながらも、凛と桜は並び立って喪主をつとめた。
 姉妹にとって身内を弔うのは二度目だが、両親が亡くなった当時は幼すぎて、おそらく理解が及んでいなかった。
 ……傍から見れば十を越したばかりの姉妹はまだまだ“幼い”のだが、死者とて若い。
 参列者の大半が、当主の女性の早すぎる死を悼んだ。
 しめやかに行われる儀式を終えた後――
 凛は一人、服役中の綺礼に会いに行った。

『なんて顔してるのよ』
 つかのま、驚愕に見開かれた双眸を認めて、妹より姉に似ているといわれる面差しをはっきりと意識した。
 けれど反応したのは本当に一瞬で、またたくまに感情を宿さぬ機械の眼差しへと戻ってしまう。
 綺礼の返答がなくとも、凛は構わず言いたいことを並べた。
『お姉さまの遺体がね、かえってきたわ。やっとお墓にはいれるのよ』
『……そう、か』
 不思議な光景だ。殺人事件の被害者の妹が、加害者に葬送の報告をしている図、というのは。
 伝えなければいけないと、ごく自然に思ったから、ここまで来た。
『安らかなお顔だったわ。やっぱり、お姉さまはご自分で死を選んだのね』
 鎌を掛けたつもりだが、綺礼は否定も肯定もせず、重たく沈黙を貫いている。それがもう半ば答えのようなものだが。
『見覚えあるでしょ? お姉さまがさいごまで手首に巻いてたんですって』
 ひらりとかざしたのは、少しだけ汚れてしまったリボン。時臣の形見として、今日まで大切に保管してきたけれど。
『あんたに返すわ』
『待て、これは時臣師に贈ったんだから、私の物じゃ――』
『いいえ。お姉さまが大切にしてた物だったから、こうして渡すのよ』
 きっと、彼女も喜んでくれるはずだ。
 持っていろと、自分よりずいぶん高い位置にある綺礼の胸に押しつけて、そこで面会終了を告げる鐘が鳴った。
『じゃあね、綺礼。約束を守れなかったとしても、私も桜もあんたを恨んだりしてないわ』
 獄吏に退去を促されながら手を振って、凛は二度と振り返らなかった。

 先ほどの態度で確信を得た。綺礼は時臣を手に掛けてはいない、と。
 姉と婚約していた男を刺殺したのは動かせない事実だとしても、それでも確かめずにはいられなかったのだ。
 目的は果たした。牢を訪れることは二度とないだろう。



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