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つむぎとうか

   
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乱れそめにし
パラレル・時臣さん先天性女体化注意
凛ちゃんは時臣さんの妹
ギル時ルート

 時臣がいなくなった――
 彼女の側には綺礼が付き添っているという報告を、ギルガメッシュは苦虫を噛み潰したような顔で聞いていた。

 目撃してしまった雁夜は顔色を失った。
 眼光の鋭さがやばい。整った容貌だから迫力が何倍にも増幅している――というか、全身から殺気を発している人間を見たのは初めてだ。
(おい言峰、本当に大丈夫なんだろうな!?)
 作戦の発案者である後輩の重々しい声が蘇る。
『間桐先輩、協力してください。このままでは気の毒で見ていられない』
 大事な話がある、と呼び出された遠坂邸の居間で。
  綺礼の隣席に座る時臣は、なるほど悲痛な表情を浮かべている。長い付き合いの雁夜は、彼女が根は楽天的であることを知っていて、それだけに事態の深刻さが 伝わってきた。『ギルガメッシュは、これまで数えきれないほど時臣師を蔑ろにしてきました。出来る限り注意もしたのですが、一向に改める気配がない。奴は 甘えきっています』
 それは雁夜も薄々考えていたことだった。時臣の婚約者として紹介されたギルガメッシュは、見た目と羽振りが良いので大勢の女子にちやほやされており、遊び回っている。
『なあ、放っておいてもいいのか?』
 指差し問うても、時臣は苦笑いでやり過ごすだけだった。部外者の自分がでしゃばるのもどうかと静観していたのだが、彼女を高校時代から慕っている綺礼がキレる方が早かった。
『つーかお前、怒らせると滅茶苦茶な方に暴走するのかよ……本当は時臣に惚れてるんじゃないだろうな?』『師のことは尊敬申し上げていますが、色恋対象とは違います』
 おそらく姉のように想っているのだろうが、無表情なりに熱く語られると少々恐い。卓の下では拳まで握っているし。
 時臣は変人に好かれるオーラでも発しているのだろうか。雁夜は慄いた。
(本人も世間知らずでふわふわしてるし、俺が一般感覚ってものを教えてやらないと!)
 周囲からすると彼もまた変人の一人に分類されるのだが(「遠坂や言峰と親しくしてる時点で一般人じゃない」)、確かに普通の感覚は持ち合わせているのかもしれない。
  その雁夜に言わせれば、ギルガメッシュは最低な浮気者である。綺礼はいちど同じ目に遭った方が良い、と意見を述べ、時臣は困惑しながらも反対しなかった。 『彼が、私のことなんてどうでもいい、と考えているとしたら。……はっきりわかるなら、試す価値はあるのかもしれないね』
 かくして、時臣と綺礼の狂言駆け落ちが決行されたのは、梅雨の真っ盛りである七月はじめのことだった。



 幼い身に心配を募らせ寝入った凛をベッドに運んで、雁夜は電話するギルガメッシュの背中を眺めた。

 ――五月蠅い。お前の所為であの人がどれだけ苦しんだか知っているか? 無理やり許嫁にしたくせに、自分は遊び歩いて……これ以上任せておけるか。
「貴様の指図する所ではない」
 ――彼女は私を選んだ。
「ふざける、な」
 受話器を奪って、わざとゆっくり発言する。
「言峰、俺は時臣の安否だけわかれば追及はしない。凛ちゃんもご両親も衰弱しかけだ、せめて声だけでも」 ――そうだな、では彼女に代わろう。
 台本通りの科白。綺礼から時臣へ相手が交代したのを確認して、雁夜は傍らの怒れる男に電話機を手渡した。
 ――もしもし、ギル?
「時臣っ!!」
 夜中なのだから叫ぶな、と言っても耳に届かないのだろう。
 ギルガメッシュは涙声一歩手前だった。まあいきなり婚約者と友人が駆け落ちしたら誰だって怒りが鎮まったらダメージを受けるだろう。いつもの我様な性格からは想像できないほどの弱りっぷりである。
 さて、問題は彼女がちゃんと打ち合わせたような駆け引きに持ち込めるか、だ。
 ――簡単には帰りませんよ。逃げたのには理由があるんですから。
「待て、婚約破棄なぞ絶対に許さんぞ」

 それから、どのようなやりとりがあったのかまではわからないが、どうやら一度話し合おうという流れに持ち込んだらしい。 受話器を置いたギルガメッシュは、不気味な独り言を繰りはじめた。練習してるつもりか。
「我のどこが気に入らなかった? 言え、余すところなく。つまらない女、と評したのは愛情表現だぞ? お前と過ごす時間はつまらぬが無益ではない。あと政略結婚とか照れ隠しに決まってるだろう」
(壁に向かって呟いていないで本人に言え、そういうのは)
 呆れを通り越して憐れにさえ思えてくる。いつもの気持ち良いほどの不遜さはどこへやったのだ。
「……何が可笑しい」
「鏡見てみろ。今のお前は一から十まで爆笑もんだよ馬鹿」
 雑種のくせに、という彼の口癖にはいつもいらっとさせられたものだが、こうまで滑稽に聞こえる日が来ようとは。
 全部片付いたら、からかいのネタにしてやるから覚悟してろ。

   +++++

 一方その頃。
 時臣はワインを片手に、綺礼相手に管を撒いていた。
「君には迷惑を掛けてるってわかってるよ、綺礼」
「……師よ、もうボトル二本は空けておられます。これ以上はちょっと」
「嫌なことは呑んで忘れよ、というのが遠坂の家訓で」
 そんなわけがない。明らかに泥酔している。
「これでも、我慢はしたんだよ? 約束すっぽかされて一時間待たされても、後日別人とデートしてたって目撃情報聞かされても、優雅に微笑んで受け流してきたけど――誕生日くらい祝って欲しかった……」
 今回の騒動の発端。
 楽しみにしてた記念日も無視された時臣はぶち切れた。
「まあ、完全にギルガメッシュが悪いですね。時臣師には怒る権利があると思います」 綺礼は根気強く彼女の愚痴に付き合った。しばらくしたら気が済んだのかやや歯切れが悪くなる。
「あの日はどうしても外せない用事が急に入ったみたいで、家に帰ったらすぐに詫びの花束が届いたし……本当は嬉しかったけど、ありがとう、って言えなくて……気づいたら、今までしたことないような喧嘩に発展してて……後にはひけなくなって」
 その顛末はギルガメッシュの方から聞かされていた。
 言い争うくらいに本音をぶつけられたのは初めてだと、あの男はにやにやしながら綺礼に言ったのである。
 いい加減鬱陶しかった綺礼は、自己嫌悪に沈んでいる時臣に親身にアドバイスした。
『時臣師、奴の気持ちを確かめる策があるのですが。試してみませんか?』
 まだ呑みたがる時臣を宥め、ホテルのラウンジから彼女の部屋まで送り届け、別にとった部屋でようやく人心地ついた。
 明日はギルガメッシュがこちらに来る。話し合うために呼んだのだ。
(いい加減、ふたりとも素直になるべきだ)
 狂言とはいえ、駆け落ちで慣れない地を動き回って疲れている。重い身体をベッドに投げ打ち、綺礼は瞳を閉じた。
 聖職志願者としての祈りを掲げながら。

 傍迷惑な婚約者たちが、本当の意味で恋人同士になれるように。
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