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つむぎとうか

   
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われても末に
パラレル・時臣さん先天性女体化注意
凛ちゃんは時臣さんの妹
言時←ギル

 時臣から呼び出された日の空は、梅雨明けの快晴だった。
 皮肉なものだ――ギルガメッシュは口の端を歪める。
 ここしばらく碌に眠っていなかったので、昨夜は手配した宿に着くなり意識を沈ませていた。

 携帯電話に残された留守番メッセージに気づいたのは翌朝だった。
 受話器を取り逃して惜しいことをした。でも、直接通話するよりはましだったかもしれない。
 きっと感情的な言葉をぶつけてしまっていただろうから。
『話をしましょう、ギル』
 再生されたのは時臣の声。機械類が苦手な彼女は、間違いなく綺礼に助けられて掛けたはずだが、少なくとも通話中は一切他の名を出すことはしなかった。
 誰にも同席させず、二人きりで。
『貴方に、聞いてもらいたいことがあるんです』
 ギルガメッシュにとっては、綺礼から引き剥がす最後のチャンスに思えた。
 時臣は決して嘘を吐かない。逃亡中の婚約者相手でも、口にした通り綺礼さえ同席さえさせないと信じられた。
 その場で強引に連れ去ることだって出来るかもしれない。
 わかっている。そんな行為に及んだら、彼女の心は永遠に手に入らなくなるだろうことくらい。
 ……それでも構わない。

「他の男に委ねるよりは、ずっと」
 滅多に発しない独り言を放ちながら、紅い双眸が狂気に染まっていった。



 時刻ちょうどに姿を現すと、相手は既に到着していた。
 待ち人がやって来たのを見て、ほんのり頬を緩める。今日は遅れなかったんですね、などと囁きまでして。
 警戒心の薄さに歯噛みしたくなる。
「本当に一人で来たのだな」
 意外だった。彼女が断っても、綺礼は付き添いで来るだろうと決めてかかっていたので。
「ええ、そう伝えたでしょう?」
 無理やり腕を掴まれたばかりの男と対峙し、周りに頼る者もいない。なのに彼女の態度は落ち着いたものだった。
 ギルガメッシュの方がむしろ動揺していた。こちらだって伝えたいことはあるのに、さて何から口にすべきか。
「婚約なら破棄せんぞ。交わして十年も経つのに取り消すわけがないだろう」
「けれど、そろそろ実家からは勘当されてる頃でしょうし」
 家督は凛に譲られることになるだろう。婚姻が果たされた場合のメリット、遠坂との結びつきはもう得られない。
「そうまでして、我から逃れたかったのか、時臣」
 いつだって、家を継ぐことを誇らしげに語っていた女が、自分との縁組を解消するためだけに?
 ギルガメッシュは卓を叩きたい衝動を堪えた。
 強く握りしめて震える拳を、時臣が心配そうに見つめる。昔から変わらない、誰かの痛みに必要以上に気を回す性分だった。
「貴方に恨まれる覚悟ならしています。どれだけ憎んでも構いません。でも、綺礼は私の我が儘に振り回されていただけです」
 この期に及んでまで、同行者の男を庇うなど、火に油を注ぐとわかっているのか。
「はぐらかすな、ちゃんと答えろ。いつからお前は」
 あいつを想うようになった?
 
 時臣がギルガメッシュに向けていたのは親愛だった。
 来日したばかりの頃、時臣は雁夜にも綺礼にも等しく信頼を注いでいた。その眼差しは「異性の友人」の域に留まっていて。
 己も彼らと大差なく認識されていることはすぐに知れた。
 物足りなかったが、いつかは恋慕に変えてみせようと自信満々だったのに。
 ……蓋を開けてみれば、彼女にその感情を芽生えさせたのは綺礼だった。何たる計算違いか。

「それ、は――」
 青い双眸を揺らし、時臣はしばらく沈黙を保って、そして。
 少し長くなりますが、と前置きして、ギルガメッシュをまっすぐ見つめながら語りはじめた。

   +++++

 貴方のことを、嫌って逃げたわけではないんです。

「約束をすっぽかされたり、色々な女性と歩いてる姿を見せられたりして、ずっと寂しかったんです、本当は」
 苦しくて、不満だってあった、けれど言えなかった。
「貴方に、疎まれたくなかったから」
 ただ、ギルガメッシュに飽きられるのが怖かったのだ。はじめて自分を見つけてくれた人に。
「わかっています。私が勝手に我慢してただけ。もしも本音をぶつけていたら、あるいは何か変わっていたかもしれない。でも、綺礼が側に居てくれるようになって」
 時臣の声が柔らかみを増した。

『私はいつだって貴女の味方だ』
 彼の言葉が嬉しかったから。
 次第に、すれ違いの距離を埋めようと考えなくなった。ギルガメッシュを想っていたはずの心が、形も重さも変えて綺礼だけに向かっていた。
「彼のくれる優しさに縋りました。断罪されるべきは、貴方との関係を解消したくなった私です」



 言い終わると同時に深々と下げた頭を戻そうともしない時臣を見て。
 本当に勝手な女だ、と吐き棄てた。
「我は、伝わっていると思っていた。つまらなくとも、傍らに在るのはお前が良い、と」
 きちんと言葉にしなかったから悪かったのだろう。ギルガメッシュには決定的に足りないものがあった。
「……どうせ、すぐそこであいつは待っているのだろう。行け」
 昨夜纏った狂気の波はもう引いていた。
 弱さを曝け出して、赦しを請うわけでもない。どう足掻いても手に入らないだろうことは明白だ。
 ギルガメッシュはずっと彼女を傷つけ続けた。それでも最後くらいは、彼女の笑顔を見たかったから。
「ありがとう。――さようなら」
 泣きそうに、必死に微笑みながら。婚約していた女が去っていく背中から目が離せなかった。

 時臣の姿が完全に消えてから、ギルガメッシュは固く目を閉じる。
「つまらぬ上に残酷だったな」
 一番欲しくて、結局叶わなかった。もっとずっと早くに、手を伸ばせば掴めていたかもしれないのに。

 時臣のことが好きだった。
 本当に好きだったのだ。

 窓の向こうは綺麗に晴れた景色が広がっているのに。
 ギルガメッシュの頬を、しばらく空知らぬ雨が濡らし続けた。

   +++++

 凛は綺礼が大嫌いだと言う。

「そりゃ、あんな性質の悪い騙し方したら当たり前だろ。時臣が庇ってくれたから無傷で済んでるものの」
 言峰、お前は遠坂家の人たちに土下座した背中を踏まれても仕方ないんだぞ――
 雁夜の口調は辛辣だった。彼自身相当骨を折ったのだから口出ししてもいいだろう。
 全く、この二人には苦労をかけられ通しだ。
「騙したなんて人聞きが悪い」
 しらを切っても無駄だ、口の端が緩んでいる。雁夜は殴り倒したい衝動に駆られたが先輩としてのプライドと返り討ちの危険性を考慮して睨みつけるに留めた。



 駆け落ち騒動が収束してから間もない、ある日の昼時のこと。
 時臣と綺礼と雁夜は、向かい合って食事を摂っていた。

 思い出すだに心臓に悪い。
 綺礼の言葉で真っ青になった凛をやっと落ち着かせたと思ったら、帰ってきたギルガメッシュの八つ当たりまで受けた。
『凛ちゃん、代わって。……雁夜だ。おい言峰、この子に何て言った』
『遠坂時臣はもういないと述べたまでですが』
『素直に入籍したって報告しろよ!!』
 証人として署名を連ねた婚姻届を綺礼と時臣に宛てて郵送したのは雁夜だ。どちらも成人しているので、最寄りの役所に提出して無事受理された。
 確かに、嘘は言っていない。戸籍の上では凛の姉である「遠坂時臣」は表記が変わったのだから。
 言峰時臣、旧姓遠坂――
 強行突破で夫婦となったわけだ。

「それだけじゃなく、傷心の凛ちゃんにお義兄さまと呼べ、とか迫ったんだって? 力の限り拒否りたくもなるっての。可哀想な凛ちゃん」
「妹とも仲良くしてくれと、彼女が望むものだから」
 綺礼が眉尻を下げれば、隣の時臣が微笑を深める。そして雁夜は胃にダメージを受けた。
 溜め息を吐く。時臣にきっと悪気はないが、凛の綺礼に対する株は現在進行形で大暴落中だ。雁夜だってもうフォローのしようがない。
「とにかく、幸せなのは結構だが周りに損害与えるなよな。特に俺に。くそっ、昔から時臣に関わると碌な目に合わねえ」
「本当に、雁夜には世話になったね」
 笑顔くらいで誤魔化されまい。
 それにしても時臣は綺麗になった。雁夜のタイプとは異なるが思わず一瞬見惚れる程度には。
「全くだ。幸せにならないと承知しないからな」
 心配せずとも、充分幸せオーラを発しているようだけども一応。
「ふふっ、目下の課題は凛にも認めてもらうことなんだよね。雁夜も力を貸してくれる?」
「早速無茶振り……よし、額を地面に擦りつけて来い」



 これからの課題は山ほどある。
 凛はさておき、遠坂の父母と和解していかなければならないし、学業だって途中だ。向こう見ずな行動の代償はそれなりについて回るだろう。
 一つ一つ、乗り越えていきたいと、綺麗と時臣は目配せを交わす。
(あなたと寄り添うためならば)
 きっと耐えてゆけるから。 

 夏空の下を、穏やかな時間が流れてゆく。  
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