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つむぎとうか

   
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葵さんが画策する話
年齢操作・捏造設定パラレル

 その子は、昔から嘘が下手だった。
 陽の当たる部屋で、十年ぶりに顔を合わせた幼馴染は、ばつが悪そうに視線を伏せる。
 さて、どんな言葉をかけようか――葵は迷う。彼もどう反応していいかわからないのか黙っていた。
 時臣から聞いた雁夜のアパートは、なるほど高校に通うには便利な位置にあった。遠坂家からもそれほど離れていない。午後、家事を片づけてからお茶の時間に訪れられる距離だ。
  夫は仕事帰りを待ち伏せたらしいが、主婦の葵は夕飯の支度をしなければならない。連絡なしで来られるのも困るだろうから、高校が半日授業の土曜に行くこと を事前に電話しておいた。電話番号は凜に教わった。上の娘は父に似て携帯の操作が苦手だったが、どうにかアドレスだけは登録できたのだそうだ。
『葵さんまで……』
 受話器の向こうで、彼は深い溜息を吐いた。凜に逃げないよう釘を刺され続け、時臣の来襲を受けたからには、次に葵が向かうことも予想していたらしい。諦めたように約束を取り付けた。

 そうして上げてもらった部屋は、ワンルームにも関わらずずいぶん広く感じられた。
「一人暮らしにしたって、あまりに生活感がない部屋ね。台所もすっきりしてるし。雁夜君、きちんと三食食べているの?」
 ぽろりと自然にこぼれたのは、十年間募らせ続けた心配だ。本当に、どんな暮らしを送っていたのだろうか。
「俺もいい年なんだし、葵さんが気にするようなことじゃないよ」
 そう言われても、葵にとって彼は年の離れた弟も同然だ。長い音信不通の末、凜の高校に着任したと聞いた時は驚き安堵した。
「コーヒー、冷めないうちにどうぞ」
 勧めに従い、カップの半分近くを干した頃には緊張も解けていた。痛々しい外見に変貌してしまったかつての少年に語りかける。
「雁夜君……私が今日ここに来たのは、たぶん察しているでしょうけど、桜のことよ」
 彼がぎゅっと口元を引き締めるのがわかった。



 実家にいた頃、間桐の門構えは立派で近所でも近寄り難いと評判であり、少女だった葵も縁のない場所だと認識していた。
 雁夜と遊ぶようになったきっかけは覚えている。ちらりと見える間桐家の庭で、ぽつり佇む背中があまりに寂しそうだったので声を掛けたのだ。
 葵は十五、六歳だったから、当時の彼は二つか三つ。親にも甘え足りない年頃だろうに、誰かと遊ぶのは初めてだとぎこちなく笑った。
 祖父や兄と過ごす時間が長いけれど、葵と居る方が楽しい、とおそるおそる手を伸ばしてきた、小さなてのひらごとぎゅっと抱きしめた。
 こんなにあたたかいのに、この子の心は冷えてしまっている。
 必要としてくれるのは嬉しい。けれど、いつまでも側にいることはできないだろう。だから葵は祈った。無責任でも、勝手でも。
 いつの日か、雁夜を愛してくれる人が現れるように。

 数年後、葵は実家を出た。
 遠坂時臣と出逢い、恋に落ちたからだ。結婚を決めるのにためらいはなかったが、家を離れたらあの子は一人になるのだろうか。
 取り越し苦労だといい。素直で優しい子だ、葵がいなくても仲良い友達はすぐに出来るだろう――
 溶けない雪はないのだから。

 嫁いでからしばらく経てば、気づかないわけにはいかなかった。雁夜を育む間桐という家が、敬われながらも忌まれていることに。
 思い返せば、家の話を極端に避けたがる子だった。間桐の内情を必死に隠していたのだろう。
 生まれ落ちた環境のせいで、誰からも避けられてしまうだなんて理不尽だ。先入観なしに雁夜と仲良くなれてよかったと葵は思う。夫も同意見で、雁夜に会って話をしてみたいと言った。

 高校生になった雁夜との再会が叶ったのは、遠坂も間桐も出席するパーティーでのこと。
 時臣は彼を雇いたい、と耳打ちして葵を驚かせた。彼女にしても異存はない。
 遠坂にやってきた彼は娘たちにも気に入られた。屋敷に笑い声が絶えることなく響き、しばらくは欠片の憂いもない日々が続いた。
 それはたった半年の、嵐の前の猶予に過ぎなかったのだけれど。



 桜がいなくなった一年を、葵はほとんど記憶していない。抜け殻みたいに過ごしたせいだ。
 請われるままに娘を養子に出した夫を責められなかった。凜を不安にさせるわけにはいかない。無理して笑顔を作り、以前と変わらない生活を送ろうとした――けれど。
 泣きそうなことを雁夜に指摘され、動揺して思わず口走ってしまった。

『桜の行き先に、あなたがいてくれたら良かったのに』

 そして、娘と引き換えるように彼は姿を消した。
 間桐家では体内に毒を蓄積させるのだと聞いた。被験者がいなければ家門が成り立たず、繁栄の陰に苦しみがあるのだと。
 ただの噂ではなかった。帰ってきた桜の髪と瞳の変色が、毒の摂取を如実に語っていたから。 人形のようになった娘は、それでも時間をかけて少しずつ心を取り戻していった。
 間違いなく雁夜がもたらしてくれた奇蹟だった。
 けれども代わりに、彼が桜から奪っていったものがある。忌むべきではない、それは尊いものだと葵は思う。
 だが、厄介なのだ、愛するという感情は。
 幼いうちにそれを覚えてしまった娘は、はたして幸福なのか不幸なのか――
 

 スプーンをぐるぐる掻き回しながら、葵は告げる。
「凜に言ったんですって? 初恋なんて、いつか風化してしまうものだから、って――それは、私も否定しないわ」
 てっきり父娘と同じ宣戦布告をかまされるのだろうと身構えていた雁夜は拍子抜けする。あれ、もしかしたら味方してもらえるかも?
「私は家族第一なの。娘を取り戻してくれたあなたには感謝してるし、あの子の幸せを優先してくれる考え方もありがたいわ。夫や凜はわかってくれないけどね」
 見つけましょう、桜の新しい恋を。
 滑舌も素晴らしく言い切った。雁夜はようやく同志にめぐりあえた感激で涙さえ浮かべてこくこく頷いている。葵は内心のガッツポーズを隠した。
(騙されやすいわね、雁夜君)
「そう! 俺も、何度も主張してたんだよ、桜ちゃんには素敵な彼氏を見つけるべきだって」
「任せてちょうだい。候補ならすでにいるわ」
 さすが葵さん、とすっかり油断している彼に、束ねた写真をばっと広げた。
「……あの、これは一体?」
 翡翠の地に、華やかな蝶の文様が印象的な振袖を着た桜が映っていた。薄く施された化粧が艶やかで、雁夜は思わず見惚れかけたが頭を振った。
「良く撮れているでしょう、見合い写真というものよ」
「桜ちゃん高校に入ったばっかりだろ!?」
「落ち着いて、雁夜君。見合い=即結婚、というわけじゃないわ。先方もじっくり親しくなりたいって言ってくれているし」
 呆然としている彼を横目に、立て続けに攻撃の札を繰り出していく。
 これは賭けだ。雁夜が乗り気になったら、娘の初恋はその時点で終わり。
 でも、庇護欲だけじゃなかったとしたら?



  どれだったかしら、そう、この写真を捲って頂戴。お相手の間桐慎二君。あなたの甥御さんね。桜より一つ年上ね。
  安心して、臓硯氏と関わらせたくないという意図は伝えてあるから。鶴野さんのはからいで、中学時代からずっと留学しているのね。――でも、桜とは面識があるんですって。
  あの子が養女だった頃からずいぶん心配してくれてたそうで、桜も悪い印象はないみたい。大切にするって、海外へ連れて行くことになっても決して不自由はさせません、って保証してくれたわ。一時帰国してる今の間に、少しでも会ってお互いを知りたいんですって。
  ねえ雁夜君、絶好のチャンスじゃない? 桜を幸せにしてくれる人かもしれないわ。
  もちろん、祝福してくれるでしょう?



「あらいけない、そろそろご飯を作らなくちゃ」
 ぬるくなったコーヒーを飲みきって、葵は立ち上がった。
 お邪魔しました、と言い置いてアパートを去る。雁夜からの反応はなかった。何も耳に入らなかったのかもしれない。
 写真を持ち帰らなかったのはわざとだ。着物姿の桜が微笑んでいる裏には、見合いの詳細がメモとして書き留められていた。
 日付けは来週で、会場は誰でも知っているような大きなホテルだ。
(嫉妬、してたじゃない)
 葵は半ば勝利を確信していた。あんなに慌てた様子の幼馴染を見たのは十年ぶりだ。
 計画通りである。凜や時臣のような正攻法で雁夜が考えを変えるのは難しそうだった。となれば強硬手段に訴えるしかない。
 嘘の吐けない性格の彼だ。桜への気持ちを認めさせて、誤魔化せなくするように仕向けた。これで言い訳など出来ないはず。
 すべては、幼い頃から彼を熟知した葵のシナリオに沿って。

 賽は投げられた。

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