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つむぎとうか

   
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娘の幸せを願う時臣さんの話
年齢操作・捏造設定注意。

 その少年は、朗らかなのにどこか憂いのある目つきをしていた。
 妻の幼馴染として紹介された間桐雁夜を、時臣は興味深く眺めた。
 葵の実家・禅城の近くに住んでいて自然と知り合ったということだが、彼女が関係ない場でも顔を合わせていた。間桐も遠坂も古い家柄なので。けれど、親しく言葉を交わす機会はそのパーティーが初めてだった。

 遊び疲れたのか父の腕で眠ってしまった桜を葵が引き取り、車へ乗せに連れて行った。遠坂家では妻が運転役だ。
 時臣もすぐに合流するつもりだが、目の前の一回り年下の青年と話したい気持ちがあった。
『先刻まで、娘の相手をしてくれてありがとう』
『あはは、俺も楽しかったからお互い様です』
 照れたように頭に手をやった彼は、そろそろ帰らないと、とひとりごちた。その声に嫌悪が含まれていたのが少々意外だった。自分の家が苦痛なのだろうか。
(社交界では敬遠されがちな家だからか。それにしてはひねくれてなさそうだが)
 おっとりしているようで、時臣は思ったことはすぐに実行する性格だった。この日もほんの好奇心で提案した。
『この子は人見知りだから、よほど君が気に入ったんだろう。……間桐君、我が家で働いてもらうわけにはいかないかな?』
 人手不足だったのは本当だ。若いから仕事になじむのも早そうだし、弟みたいな存在が身近に居れば葵も喜ぶだろう。人見知りの桜があっさり懐いたのが決め手となった。
 時臣は気づいた。突然の誘いにぽかんとしていた雁夜が、住み込み、と聞いた途端、縋るような光を瞳に宿したのを。
 ――彼は家を出たがっている。
 そう判断して、迷う素振りの彼が頷くまで根気強く説得を重ねた。



 未成年を雇うのだから、時臣は臓硯に挨拶しようとしたのだが、雁夜は全力で拒否反応を示した。祖父とはずっと不仲だから必要ない、と言う。
 頑固だったのはその点だけで、他に問題らしい問題は起きなかった。娘たちとは良く遊んでくれたし、時臣の苦手な機械操作についても出来る範囲で教えてくれた。口は悪いけれども優しく。世話焼きな資質だったのだ。
 たった半年で、彼は遠坂邸になくてはならぬ存在となっていた。

 信頼はあっても、家主とボディーガードの関係は何でも筒抜けというわけにはいかない。
  次女・桜を養子に出したが、行き先がどこの家かまで告げる義務などないし、実家の名を口にしない彼には伏せておこうと考えた。 間桐は雁夜の上に兄もいる と聞いている。なのに臓硯は後継者問題で悩んでいると訴え、桜を迎えたがったのだ。旧家の内情はどこもそれなりに複雑なのだろう。
 時臣とて何も考えず娘を手放したのではない。それでも最後には父の代の借りを持ち出され、承諾せざるを得なかった。

 桜が欠けて一人分寂しくなった家で、わざとらしい日常が演じられる。
 葵は口数が減り、凜の溌剌とした笑い声も以前ほどには弾まない。時臣は書斎に籠もることが多くなった。
 ぎこちない劇に終止符を打ったのは、桜を可愛がっていた雁夜だった。
『遠坂さん――あの子が行ったのは、間桐家なのか?』
 気圧されて頷くと、彼は即座に屋敷を飛び出した。寄りつくのも避けていた生家に戻って、数時間で桜を連れてきた。
『……責任は俺が被る』
 さよなら、今までありがとう。
 娘の変貌に絶句する時臣の手に辞表を握らせ、涙を流す葵に苦笑を滲ませ手を振って。

 それ以来、雁夜は二度と遠坂邸に姿を現さなかった。



 屋敷の窓から覗く花弁が、夜風に散らされて降ってくる。
 淡く色づいたそれは、娘と同じ名の花だ。
 四月、姉の勧めで同じ高校に進学する桜の入学前夜。式を控えた桜が早々に寝入った後、応接間に呼ばれ、凜が告げた内容は衝撃的だった。
「雁夜が、養護教諭として勤務してる、だって!?」
 したり顔で凜は頷く。桜には秘密ですよ、と念を押された。お茶を持ってきた葵も承知していることだという。
(……あれ、何で私には教えてくれなかったんだろう?)
「あなたは口を滑らせかねないもの。隠してるつもりでも、怪しく思った桜に問いつめられたら確実に言っちゃうでしょう、だから直前まで内緒にしていたの」
 桜は勘が鋭いから――長年連れ添った妻の言葉は威力大で、時臣はすっきりしないものの納得した。
 うっかり体質なら凜も継いでるだろう、という切り返しを思いつかないのが時臣の時臣たる所以だった。
「おじさんもあの頃とはだいぶ変わってしまっているの。でも、桜をずっと案じてた。自分は忘れられた方がいいんだ、って」
 時臣は腕を組んだ。この十年、自分と妻だって彼の無事を祈ってきた。桜に至ってはこころの一部をなくしてしまったみたいで痛々しかったが、あれは失ったのではない。
 想いの先にいる人物と再び会えたなら、昔のままの――いや、それ以上の笑顔を咲かせてくれるだろう。
 父親としては微妙な気分だったが、雁夜なら安心して娘を任せられると思った。あの頃のように真っ直ぐな眼を失っていないなら。
 幼い恋を、実らせる手伝いをしよう。

「凜、彼がどこで暮らしているかはわかるかい」
「もちろん調査済よ、お父様。高校近くのアパートで一人暮らし中ですって」
 傍で聞いていた葵は思った。――何だかストーカーみたいね、と。
 が、夫も長女も真剣な表情だった。家族に盲目気味な葵だから、二人共そこまで桜と雁夜君のことを案じているのね、と感動に震えていた。この場にツッコミ役はいない。
「明日にでも、雁夜の家にお邪魔しよう。桜のことをちゃんとお願いしたいからね」 世の中には突然訪問した挙句娘の行く末を託す父親もいるのである。お付き合いどころか、再会すらしていないのに重い。重過ぎる。
 だが、盛り上がった両親と姉は全く意に介していなかった。繰り返すがツッコミ担当が不在であった。

 その晩、自室で横になっていた雁夜は謎の寒気に襲われたという。



「……うちに何の用ですか、遠坂さん」
 帰宅した雁夜は、ドアの前に佇んでいた人物を認めて固まった。
 優雅が信条の当主が、ボロアパートで出待ちしている。非常にシュールな光景である。
「やあ、久しぶりだね。元気にしてたかい雁夜」
 他の住人に見つからないよう玄関に上がらせ、改めて用件を尋ねると、あろうことか時臣はがばりと頭を下げてきた。
「桜のことを頼んだよ」
 誰かどうにかしてくれ。雁夜は叫びたい気持ちで一杯だった。凜といい、外堀から固めすぎだ。
「顔を上げてください。というか本来娘はやらん、でしょうが――あっ、桜ちゃんにはまだ会ってませんからね」
 だが、父親の面構えをした時臣は厄介だった。何もかも見透かしたように笑うのだ。
「そんなの、時間の問題だよ。あの子はたまに貧血を起こすから、きっと君の所にお世話になるだろう。ついでに入り浸るようになるかもしれないが邪険にしないでくれ。たぶん、そんなにわがままは言わないよ」
 あの子は君がいたら幸せになれるだろうから。
「あのね、ご覧の通り俺はほとんど隠居生活なんです。半身は動かないし外見だってこんなのだし、桜ちゃんを任せるなら若くて将来性のある男を捜してください。どこかにいますよ」「桜の意思を尊重するに決まってるじゃないか。わかってないね君は」
 遠坂は代々、恋愛結婚の家系である。ゆえに時臣には娘の選んだ相手なら受け入れる覚悟がある。愛の前には年の差やら身体の問題など何の障害にもならない。
「あの時娘を助けてくれた君だから構わないんだよ」
 ――さあ、言うべきことは言った。
 時臣は颯爽と立ち去り、桜の恋が叶うよう、願いながら屋敷へ戻った。

 あとは、雁夜さえ向き合ってくれればいい。

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