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つむぎとうか

   
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壊れた時計
若雁夜さんの家出とか

 葵たちと顔を合わせた翌日、監視していたみたいに呼び出されるのには慣れた。数えるのも馬鹿らしくなってやめたけれど、少なくとも季節を二つ越したのは覚えている。
 秋が過ぎ、雪に閉ざされた日々が終わって、あたたかな陽射しが照らしても、何の変化も見いだせなかったけれど、それでも長くは続くまい。雁夜は高を括っていた。
 一晩経てば解放される、判を押したように決まりきった拘束。淡々と応じて、時臣が飽きるまで待てば良い。

 電話を使えない時臣からの連絡手段は手紙である。魔術を捨てた身には信じられない時代錯誤な封書が、一人暮らしの部屋の片隅に積み重ねられてゆく。まるで呪いみたいに。
 雁夜の知る限り、遠坂時臣は意味の薄いことには執着しない性格だった。打ち込むべきものには寝食を忘れるほど没頭するから、相対的に他への比重が軽くなる。雁夜を振り回すのだってそのうちどうでもいいことになり果てるはずだ。
 彼にとっては、どうせ自分など、たまたまそこにあった暇潰し道具と同義なのだろう――昔から変わらず。

 あてのない休日、窓からの光にうつらうつらと微睡む。
 捨ててきたはずの過去の幻が、夢となって追いかけてくる。



 同じ御三家という立場にありながら、埋めようもなかった実力差は、そのまま彼らの心の距離を表していた。
 間桐に伝わる魔術を嫌悪するようになった雁夜は、だんだん家に居ることが苦痛になった。修練を拒んでも臓硯は苦々しそうな舌打ち一つで追ってこなかった、その程度の器に過ぎない。
 かといって、何も知らないような振る舞いも出来なかった。中途半端に“知って”しまったことで、雁夜は人と関わるのが苦手な子どもだった。
 打ち解けて話せる相手は幼馴染の葵をはじめごく少人数で、その中には何故か時臣もカウントされていた。学年が違うことで気軽に接せるということもあったし、魔術の話が通じることも一因だったかもしれない。
 今となっては面影もないが、時臣は世話焼きだった。雁夜もまた、実兄の鶴野より頼れる存在だと思っていた。というか、幼少期の認識が未だに拭えていない。性格の不一致から次第に険悪になっていったけれど、それだけ心を開いていたとも言えるのだ。
 優雅さを見せつけて葵の心を奪っていったからといって、どうして憎めるだろう。全てを捨てて逃げたような自分が。
 二度と顔を合わすまいと誓ったのも、こんなふうに柔らかな陽射しが注ぐ午後の事だったか。

『逃げるのか?』
 禅城の屋敷ですれ違った彼は、見たことのないほど真剣な眼差しをして問いを発した。
 育った場所を、持って生まれた魔術の才能ごと捨てるのか、と。
 時臣が葵の家に居た理由はわかっている。葵の父母の招きによるものだ。品行方正な若き魔術師は、恋人の両親にも気に入られているらしい。
『ああ、俺は魔術師にはならない』
 帰らない覚悟で、臓硯に派手な啖呵を切って飛び出した。そのまま冬木市も離れてきたのだが、隣町に足が向いた。
 あの優しい幼馴染に、一目だけでも会いたくて。
 出奔を知らされた葵は蒼褪めたが、最後には大好きな微笑みで送ってくれた。
『元気でね、雁夜くん』
 それで心残りは消えたのだが、運命というのはきれいな幕引きをさせてくれないらしい。
 よりによって、葵と別れた後に呼び止めてきたのが時臣だとは。落伍者に対する皮肉が効いている。
『どうしてだい? 雁夜、君は兄上よりも後継者に向いてると耳にしたが』
 答える気にもならない。話してもきっと平行線を辿る。
 間桐の後継者――即ち、臓硯の操り人形となる道。そんなものは願い下げだ。
 けれど時臣にしてみれば不思議なのだろう。自分の将来に一点の疑問も抱かないような彼なら。
 俯いて視線を逸らし、後ろ足でじりじり退がってゆく。話しこめば決意が揺れそうで怖かった。
『……もう、お前とも会わなくなるだろうな。葵さんを泣かせるなよ』
 下を向いていても、真っ直ぐに見つめられているのがわかる。息が詰まりそうになる。
 もつれそうな足を必死で動かし、慣れ親しんだ地に背を向けた。

 二年後、葵の姓が遠坂へと変わり、時臣との間に二人の娘をもうけた。
 雁夜の新たな生活もまた軌道に乗ってきていた。忌まわしい魔導と切り離された日々は不便なこともあったけれど、自由だった。己の手で掴んだものだと思えば尚更。
 葵とは未練がましくたまに会っていたが、結婚式には出席しなかった。幸せに輝く彼女を目の当たりにするのが辛く、寄り添う男を確認すればまた打ちのめされそうだった。全く知らぬ相手でもないから。
 雁夜の望みはただひとつ、大切な人たちの笑顔を見届けることだった。



 枝の蕾が膨らんで、凜と桜の重装備もマフラーや手袋がとれ、上着を羽織っているだけになった。
「いつもはおじさんがおみやげをくれるけど、きょうはちがうんだからねっ!」
 活発な少女がふふん、と胸を張ると、引っ込み思案の少女も姉の後ろで首を縦に振った。
 こっちにきて、と両側から袖を引っ張られて、ベンチに座らせられる。葵は少し離れてにっこりと成り行きを見守っているようだ。
「? 凜ちゃん、桜ちゃん、もう目を開けていいかい?」
 いいよ、と促された次の瞬間、広げた両手に収まるくらいの箱が出現した。
「これ……」
「カリヤおじさん、おたんじょうびおめでとう!!」
「おかあさんと、さんにんでえらんだんだよ」
 感極まった雁夜は唇を震わせた。
「ないてるの、おじさん!? きにいらなかった?」
「い、や――嬉しいんだ。ありがとう、凜ちゃん。桜ちゃん。……葵、さん」
 もらったプレゼントを宝物のように抱きしめると、へんなおじさん、と姉妹にからかわれた。
(ああ、この瞬間で時が止まれば、どんなにか)

 いつも通りの文面に、いつも通りの出迎え。
 それなのにどこか様子が違って見えて、うろたえを表に出さぬよう接する。
「昨日は雁夜の誕生日だったね」
 おめでとう、なんて、噛み痕を舐めた直後に投げる台詞じゃないだろうに。
「だま、れ」
 至福の思い出を汚されたように不快になって、キスを仕掛けながらそれ以上の会話を拒絶した。

 翌朝、怠さを引き摺って寝台を抜けようとすると、気配に敏感な時臣に脱出を阻まれた。
「私も、君に贈り物を用意したんだ」
 片腕で雁夜をとらえたまま、サイドテーブルの引き出しを開けて、掲げたものは。
「   ……っ!」

 それは、丁重に包まれた、少し古びた腕時計。
 ただし、盤面がぐしゃぐしゃに割られている――

「これは雁夜が、結婚祝いに葵に贈ったものだよね」
 そうだ、気はすすまなかったが渋々用意した品だ。葵か時臣か、どちらが使っても構わないようなシンプルなデザイン。受け取った彼女は喜んでくれたけれど、ならば夫に、とその場で断じてはいなかったか?
 この破壊はいつ行われたものなのか。
「どうせ君は、葵の手に渡ることを願っていたんだろうが」
 愚かだと嘲られ、放心した雁夜の輪郭を、時臣はただ愛おしげになぞっていった。

 このままでは砕かれる。
 自尊心が、これまで支えてくれていた優しい思い出たちが。
 初めて、心底から、雁夜は時臣を憎いと思った。
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