つむぎとうか
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歪んだ鏡
捏造成分大量
“始まりの御三家”――
遠坂の嫡子として生まれ育った時臣が、同じ魔術師家門の間桐に興味を示すことは、別段不思議なことではなかった。無闇に関わるなという盟約も承知していたが、一切無視するというのも変だと思った。
自分こそが聖杯を勝ち取るのだという自負を既に芽生えさせ、やがて争うであろう敵の視察を考えついたのは、優雅たれ、という家訓をそこまで意識していなかった少年期のある日だ。
どうやってか誰にも見つからず間桐の屋敷内に入り込むことに成功し、広く鬱蒼とした庭にさまよい出た。
そこで、幼い男の子に出逢った。
懐かしさにひとりごちると、向かい側に座した雁夜は非常に嫌そうに頭を振った。昔のことを掘り起こすな、という合図だ。
なぜ声に出さないのか。時臣が用意した猿轡を噛ませているからだ。
……悪趣味だ、と我ながら思う。
妻と娘と会った翌日には必ず屋敷に来るように言ったのは、彼が忘れ物のハンカチを届けに来たその晩のこと。
正しくは命じた、に等しい。手錠と目隠しで縛った状態で口にしたそれは、どう考えても脅迫だった。
『妻や娘たちだけじゃなく、私とも旧交を温めてくれないか』
にこやかに告げ、拒む余地は与えなかった。目隠しを取ったら、雁夜はさぞ凄まじい憎悪の視線をぶつけてきたことだろう。
そんなものは見たくない。望んだ相手に手を払われるなんて冗談じゃない。だから最初から自由を奪い、相手を支配する方法を選んだ。
どうせ、雁夜の心を手に入れることが叶わないなら。
呼びつけた彼を広い自室に入れ、誰にも会わせない。逃げられぬよう必ず身体のどこかを拘束して、時には痕が残るほど縄を食いこませ柱に括り付ける。欠片の優雅さも見当たらないと自嘲しながら、止められない行為。
それで良いのだ。薬の力を借りることはあるけれど、魔術を使用したことはない。間桐家を出奔した男を相手に、遠坂が代々受け継いできた術を発動させるのは間違いだ。ゆえに、彼と過ごす時の時臣は当主ではない。
いるのはただ、自制も捨てて雁夜を求める狡猾な男だけだ。
+++++
(っ痛、)
爪を立てられた皮膚が痺れた。背中だから確認できないが、どうやら血が流れていそうだ。薬を塗る目的で、また終わった後傷口に触れられるのかと思うとうんざりした。
『君を傷つけていいのも、そうして出来た傷を治すのも私だけだ』
戯言を、と嘲ってやりたくても言葉が出ない。猿轡は外されていたがこんどは声が枯れた。
会う度に傷を増やされて、雁夜にとって遠坂邸への訪問は悪夢そのものだった。
遠く離れた地へ行き、母娘と会わなくなれば時臣も放っておいてくれるだろうか。だがそれは出来ない相談だ。
幼少期はいつでも追いかけて、実の兄より近しかった相手。いつから歪んでしまったのだろう。
瞼を閉ざしながら、雁夜はぼんやりと遠い記憶を呼び起こす。
『おにいさん、どこからきたの? こっちにはムシクラしかないよ』
『え、そんな奥にまで侵入してしまったのかい!?』
見慣れない風貌の少年は、帰れないのだろうかと血色の良い頬を青ざめさせた。
なにしにきたんだろう、と疑問を覚えながらも、自分より大きな手を引いてこっそり出口まで誘導してあげた。
あたたかい腕。初対面なのに肉親より近しい距離でありがとう、と雁夜に笑いかけた。シンニュウシャの、おにいさん。
迷子で心細かったはずなのに、別れ際にはやけに堂々と名乗りを上げた。
『坊や、ありがとう。私は遠坂時臣だ、この礼は必ず返そう』
『ぼうやじゃなくて。ぼくのなまえはかりや、だよ』
またね、と手を振った数年後に再会した。幼馴染の葵のクラスメートだった彼と。
思えば当時から、彼女は時臣を意識していたような気がする。
それでも、悔しさが憧れを越えることはなかった。
跡継ぎとされた鶴野より素養があるとされた自分も、時臣との差は歴然としていた。年齢だけの問題ではなく。
長ずるにつれて間桐の魔術を忌み嫌っていった雁夜には、真っ直ぐに魔術を極める男の姿が眩しかった。彼とて有り余る才を持って生まれたわけでないと気づいてからは余計に。
時臣の弁を借りれば、自業自得なのだろう。幸福と不幸は隣り合わせ。どんな仕打ちを受けても、恋したひとに会うのと引き換えになるならばきっと耐えられる。
雁夜を支えるのは、葵と凜と桜の面影。時臣が普段目にしているだろう三人の笑顔の、垣間見ることを赦された一部分だけ。
薄目を開けば、闇にぼんやりと浮かぶ時臣の輪郭。いつだって雁夜がなりたくて叶わなかった男。
意識がなくても雁夜の腕をしっかりと掴んだままの、縋りつくような姿は滑稽なほどだ。
彼の狂気が去るまでは付き合う覚悟でいよう。
(お前には、憎らしい相手でいてもらわないと調子が狂うんだよ)
馬鹿な男の額を小突いた。
早く、俺の憧れてた頃の時臣に戻ってくれ。
遠坂の嫡子として生まれ育った時臣が、同じ魔術師家門の間桐に興味を示すことは、別段不思議なことではなかった。無闇に関わるなという盟約も承知していたが、一切無視するというのも変だと思った。
自分こそが聖杯を勝ち取るのだという自負を既に芽生えさせ、やがて争うであろう敵の視察を考えついたのは、優雅たれ、という家訓をそこまで意識していなかった少年期のある日だ。
どうやってか誰にも見つからず間桐の屋敷内に入り込むことに成功し、広く鬱蒼とした庭にさまよい出た。
そこで、幼い男の子に出逢った。
懐かしさにひとりごちると、向かい側に座した雁夜は非常に嫌そうに頭を振った。昔のことを掘り起こすな、という合図だ。
なぜ声に出さないのか。時臣が用意した猿轡を噛ませているからだ。
……悪趣味だ、と我ながら思う。
妻と娘と会った翌日には必ず屋敷に来るように言ったのは、彼が忘れ物のハンカチを届けに来たその晩のこと。
正しくは命じた、に等しい。手錠と目隠しで縛った状態で口にしたそれは、どう考えても脅迫だった。
『妻や娘たちだけじゃなく、私とも旧交を温めてくれないか』
にこやかに告げ、拒む余地は与えなかった。目隠しを取ったら、雁夜はさぞ凄まじい憎悪の視線をぶつけてきたことだろう。
そんなものは見たくない。望んだ相手に手を払われるなんて冗談じゃない。だから最初から自由を奪い、相手を支配する方法を選んだ。
どうせ、雁夜の心を手に入れることが叶わないなら。
呼びつけた彼を広い自室に入れ、誰にも会わせない。逃げられぬよう必ず身体のどこかを拘束して、時には痕が残るほど縄を食いこませ柱に括り付ける。欠片の優雅さも見当たらないと自嘲しながら、止められない行為。
それで良いのだ。薬の力を借りることはあるけれど、魔術を使用したことはない。間桐家を出奔した男を相手に、遠坂が代々受け継いできた術を発動させるのは間違いだ。ゆえに、彼と過ごす時の時臣は当主ではない。
いるのはただ、自制も捨てて雁夜を求める狡猾な男だけだ。
+++++
(っ痛、)
爪を立てられた皮膚が痺れた。背中だから確認できないが、どうやら血が流れていそうだ。薬を塗る目的で、また終わった後傷口に触れられるのかと思うとうんざりした。
『君を傷つけていいのも、そうして出来た傷を治すのも私だけだ』
戯言を、と嘲ってやりたくても言葉が出ない。猿轡は外されていたがこんどは声が枯れた。
会う度に傷を増やされて、雁夜にとって遠坂邸への訪問は悪夢そのものだった。
遠く離れた地へ行き、母娘と会わなくなれば時臣も放っておいてくれるだろうか。だがそれは出来ない相談だ。
幼少期はいつでも追いかけて、実の兄より近しかった相手。いつから歪んでしまったのだろう。
瞼を閉ざしながら、雁夜はぼんやりと遠い記憶を呼び起こす。
『おにいさん、どこからきたの? こっちにはムシクラしかないよ』
『え、そんな奥にまで侵入してしまったのかい!?』
見慣れない風貌の少年は、帰れないのだろうかと血色の良い頬を青ざめさせた。
なにしにきたんだろう、と疑問を覚えながらも、自分より大きな手を引いてこっそり出口まで誘導してあげた。
あたたかい腕。初対面なのに肉親より近しい距離でありがとう、と雁夜に笑いかけた。シンニュウシャの、おにいさん。
迷子で心細かったはずなのに、別れ際にはやけに堂々と名乗りを上げた。
『坊や、ありがとう。私は遠坂時臣だ、この礼は必ず返そう』
『ぼうやじゃなくて。ぼくのなまえはかりや、だよ』
またね、と手を振った数年後に再会した。幼馴染の葵のクラスメートだった彼と。
思えば当時から、彼女は時臣を意識していたような気がする。
それでも、悔しさが憧れを越えることはなかった。
跡継ぎとされた鶴野より素養があるとされた自分も、時臣との差は歴然としていた。年齢だけの問題ではなく。
長ずるにつれて間桐の魔術を忌み嫌っていった雁夜には、真っ直ぐに魔術を極める男の姿が眩しかった。彼とて有り余る才を持って生まれたわけでないと気づいてからは余計に。
時臣の弁を借りれば、自業自得なのだろう。幸福と不幸は隣り合わせ。どんな仕打ちを受けても、恋したひとに会うのと引き換えになるならばきっと耐えられる。
雁夜を支えるのは、葵と凜と桜の面影。時臣が普段目にしているだろう三人の笑顔の、垣間見ることを赦された一部分だけ。
薄目を開けば、闇にぼんやりと浮かぶ時臣の輪郭。いつだって雁夜がなりたくて叶わなかった男。
意識がなくても雁夜の腕をしっかりと掴んだままの、縋りつくような姿は滑稽なほどだ。
彼の狂気が去るまでは付き合う覚悟でいよう。
(お前には、憎らしい相手でいてもらわないと調子が狂うんだよ)
馬鹿な男の額を小突いた。
早く、俺の憧れてた頃の時臣に戻ってくれ。
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