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つむぎとうか

   
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まぼろしの声
11/22 良い夫婦の日に寄せて

 どこまでも澄み渡る空を、一組の男女が歩いていた。
 二人共無言で、行く先だけを見てまっすぐ歩いているようだが、良く観察してみれば互いに関 心を払い合っているのは明らかだ。僧衣に黒髪の男は、勇ましく地を蹴りながらも少し後ろの女の気配を察知すべく神経を尖らせていたし、地味な洋装をした色 素の薄い女も、信号待ちなどで男と距離が開いてしまわないよう時にせかせか足を動かすのだった。
 やがて目的地である霊園の門前に辿り着くと、男は振り返る。一拍遅れて息を吐いた女の肩に、自然な調子で手を置いた。
「大丈夫か?」
「……これくらいの坂、小さい頃駆け回ってた山道に比べたら楽勝や」
 女は眼帯を着用しており、衣服の下にはところどころ包帯も纏っている。こんなふうに遠出をして平気だったのかを尋ねたつもりだったが――男は苦笑した。 
 必要以上の気遣いなど無用。とはいえ、怪我も癒えきっていないのに全く遠慮しない、というのも柔造の主義に反するし、惚れた女だ。大切にしたい気持ちは隠そうともしない。 
 そっと手を繋ぐ。細い指に拒まれなかったので、支えるように寄り添って歩いた。

   

 平日の墓場は閑散としている。
 記憶の限りでは広大な場所であったが、改めて立てばこじんまりとした空間であることに驚く。傍らの蝮も息を呑んでいた。
 ここに来るのは何年ぶりだろう。
 明陀宗の門徒の大半が葬られる霊園。十六年前、真新しい墓石が大量に並んだ。
 青い夜に焦がされた、祖父や長兄や顔見知りであった者たちを、さらに焼くなんてかわいそうや、と、強く反対したのは金造だった。
 柔造は幼い弟に説いた。忌まわしい炎よりも、きちんと供養して天に昇ってほしいからだ、と――彼らの側には宝生家の三姉妹もいた。
 八百造や蟒は寺の混乱を収めるため家にもろくに帰れず、妻たちも手伝いに駆り出されていた。自然と、子どもたちだけで寄り集まって共に過ごす時間が多くなった。
「最後に参ったんは、中坊の時やったか。無沙汰してて堪忍な。……お祖父、矛兄」
 仏壇には毎朝手を合わせているものの、高校卒業後、仕事に就いてからは忙しく、随分と久しぶりになってしまった。
 周囲を含めて念入りに清め、途中で買っておいた花を供える。線香に火を点けて焼香をし、しばし目を瞑っていた。お互い、死者に語りたいことは尽きずにあったので、風が吹いても無頓着であった。
「髪、ぐしゃぐしゃやで」
 蝮が背伸びをしてするり、と毛先をつつくと、お前もやろ、とくすぐったい手つきで撫でかえされた。

 不意に、柔造が顔つきを改め、蝮はどきりとした。
「今日ここに来たんは、報告したいことがあったからや。二人とも、驚きなや」
 いくら誰もいないからといって、わざわざ声に出さなくてもいいのに――蝮は俯きながら赤面するのを抑えられない。
「俺ら、結婚してん」
 家族になると告げたくて、処分待ちの罪人がこんな場所に来ていいものか悩んだが、結局同行した。
「蝮はもう、志摩家の嫁や。ちょっと頑固なとこもあるけど、誰より明陀を思うてくれてる、ええ嫁さんやろ?これからは安心して見守っててな」
 決して顔を上げない彼女の代わりに胸を張る。

   

 己を苛み続け、資格を返上して姿をくらまそうとまで思いつめた彼女に、どこにも去らないでくれと懇願したのは柔造の方だ。
 それはもう、ただの幼なじみに対する感情ではなかった。蝮が瘴気のもたらす後遺症と闘っている入院期間中、心にぽっかりと空いた穴の正体に気づいたのだ。
 医療班からは、不浄王の右目を取り入れた彼女の身体は、元通りには戻らないという診断を下された。
 その場に無理やり同席した柔造は、ひどく取り乱した。勝手な話だ。そんな状態で騎士団からの処分を待っている蝮は、もっとずっと苦しいのだろうに。
『お前の痛みを分けてくれへんか』
 意識不明の彼女の枕元で囁きを落とした。この言葉が届けばいいと願いながら。
『もう、ひとりで抱えさせとうないんや、蝮』
 達磨への不信感を育て、藤堂の口車に乗せてしまったのは、あの頃の柔造にも責任がある。信頼されていると自惚れていた。――己は、彼女にとって特別な存在だと。 裏切りに気づいた時、背筋が凍った。次の瞬間には怒りに視界が真っ赤になった。
(何で、俺は……っ)
 なんとか騒動が収束した後は、だんだん虚しさが募っていった。意識のない病人を見舞いながら、蝮の減刑を騎士団に要請し、明陀の会議にも休まず出席した。
 予定を詰めなければ気が狂ってしまいそうで。
 抱きかかえた彼女はあまりに軽かった。儚い輪郭が愛おしく、無意識に唇を寄せていた。
『……?』
 お伽話のように、眠っていたはずの瞼がゆっくりと開いた。

  

 目覚めた蝮はしばらく呆然としていた。
 申、蛇と呼びあっていた剣呑な幼なじみにキスされたのだから当然だ。夢じゃないかというふうに辺りを見回し、やがてしくしく泣きだした。柔造は慌てながら傷ついた。……泣くほど嫌だったのか。
『ま、蝮、謝るから泣き止みい。お前が起きたて、蟒さんらに教えてくるから、』
『謝らなあかんの?』
 待って、と背を向けた柔造の服の裾を掴み、彼女はか細い声を絞り出した。
『私は、嬉しかったんやけど――』
 落ち着け、と自分に言い聞かせた。
 都合の良い勘違いをしているのでなければ、片道通行ではない。
『好きや』
 向き直った彼女は泣きながら微笑んでいた。今まで見た中で、一番綺麗な笑顔だった。

   

 夏を越えて秋も終わろうとしているけれど、騎士団からの決定は未だ保留のままである。
 これは咎めなしだろうか、などと楽観的に考えるのは流石に無理だが、内々の処分で済ませられるならしめたものだ。
 [宝生蝮]は、明陀宗を破門にされた。跡取りの座からも外され、深部は彼女が抜けてますます人手不足に陥っている。

 代わりに現れたのは、志摩蝮という女だ。
 片目の視力は失ったし、祓魔以前に普通の生活が出来るようにリハビリを頑張っていかなければならない。 
職場復帰をするにしても、以前よりずっと低い地位からの再出発となるだろう。
 それでも、彼女の傍には夫がいる。家族や仲間も。
 自分を赦せない蝮の代わりに泣いたり笑ったりして、短気だけれど誰よりも優しい人たちが。
 幸せな反面、申し訳なさに怯える。
 ――阿呆、お前らが夫婦になることくらいとうに読めてたわ。
 帰ろうと歩き出した柔造を追い掛けようとしたら、懐かしい声がした。
 ――弟をよろしゅうな、蝮。
 それは、彼女も兄のように慕った人のもので。
(矛兄さん……?)
 きっと、罪悪感が聞かせた幻聴なのだろうけれど。

「どないした?」
「何でもあらへん」
 今度は自分から柔造の腕につかまりながら、蝮は眩しそうに空を仰いだ。
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