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つむぎとうか

   
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ランチタイム
アクシデント

「どうすりゃいいんだ、これ」
 二つの弁当包みを抱えて、燐は途方に暮れた。

 雪男が燐に内緒で祓魔塾に通い、中学時代からは祓魔師の任務もこなしていたと聞いて、どこにそんな時間があったのだろうという疑問が湧いた。弟の外部評価は折り目正しい優等生であったので。
 が、欠席日数はサボリ常習犯の兄と大差なかったらしい。他にも早退やら休日を利用して仕事を引き受けていたのだそうだ。おかげで周囲からは幼少以来の病弱イメージが抜けなかったと聞く。
 まともに通学しなかった燐は養父から散々叱られたものだが、雪男の場合は仕方がないとも言える。図書館で勉強、という口実を信じて疑っていなかった単純な自分を一発殴ってやりたい。
 己が不貞腐れている間、雪男は何十歩も先を歩いていたのだ。
 危険な勤務に赴く弟に、燐は何も知らず弁当を渡して送り出すだけだった。中学校には給食があったから、土日限定だが。終日帰って来ない雪男に、せめてもの思いやりのつもりで。栄養ある食事をとらなければ、脳もうまく働かないだろうと腕をふるったのである。
 寮に入居してから、あれはかなり嬉しかった、と、照れ臭いのかそっぽを向きながら告げられた。その時、燐は弁当づくりだけは絶対に手抜きをしないでおこうと決めたのだ。これまで以上に――雪男が大変なものを背負っていることがわかったものだから。

 そんな経緯で、早起きと弁当の準備だけは一日も欠かしたことがない燐である。
 雪男は夜型で、下手したら明け方までかけて高等部の宿題やら塾の課題採点に取り組んでいたりもする。弁当が完成したら眠っている弟に声を掛けて、何だかんだでうまいことバランスを保っているのかもしれない。
 だが、今朝はいつもと違った。
 弁当箱の蓋を閉め、ついでに朝食も誂えて、厨房から部屋に戻った燐は驚愕した――雪男が既に覚醒し身支度を終えていたので。
「あ、おはよう兄さん。食堂に行ってもいいかな?」
「お前、こんな早い時間にどうしたんだ!?」
 しかも高等部の制服ではなく、コートを羽織った祓魔師としての装いである。
「あれ、伝えてなかった?今日は授業を休んで遠方で研修があるんだよ。鍵を使えばすぐ着くけど」
 じゃらり、重そうな鍵束から一つを示して雪男は笑った。言ったのは夜中で、兄も頷いたと記憶しているが、寝惚けて生返事をしたのかもしれない。
「そっか、メシは食えるぞ。……弁当は要るか?」
 何か俺母ちゃんみたいだな、と思いながら尋ねれば、弟はふるふると首を振った。
「せっかく作ってくれたのにごめん、昼食会もあるそうだから」
 つまり持って行けないのだと、申し訳なさそうに手を合わせる。が、雪男に落ち度はない。ちゃんと聞いていなかった燐のミスなのだから。
 夕飯までに帰れないかもしれないと付け足して、雪男は急いで出勤した。
 燐は仕方なく二つの弁当を鞄にしまい登校した。クロの昼食はまた別に用意してあり、夜まで置いたら腐るかもしれない。誰かが食べてくれたら一番なのだけれど、引き受けてくれる心当たりがない。
 ……高等部に弁当を貰ってくれそうな友人はいなかった。

 昼前の休憩時間、メールが届いた。
「――志摩?」
 アドレスを交換したものの、実際の連絡はしたことのない塾のクラスメートからだった。はじめて出来た友人らしき存在である。
 とはいえ緊急の知らせなどではなく、辞書を忘れたから貸して欲しい、という他愛もない内容だ。
 そういえば、彼は昼はもっぱら購買で調達するのだと話していた。辞書のついでに弁当も押しつけてしまえるかもしれない。
 慣れない手つきで返信画面を立ち上げる。昼休みに持って行くとの文章を打ち、よそのクラスに誰かを訪ねるのも初めてだとくすぐったく感じた。

「え、ほんまに食べてええの!?めっちゃ助かるわ」
 予想以上に喜ばれ、燐はかえって身を引いてしまった。
「く、口に合わねーなら無理しなくていいけど……」
「いやいやコレすっごい美味いで。奥村君、いっつもこんなすごい弁当作ってるん!?」
 尊敬するわあ、とあっという間に空にする。世辞ではないのかと嬉しくなる。
「凝ったやつはないけど、気に入ってくれたみたいで良かった」
 雪男はいつも残さず食べてくれるし、修道院にいた頃も皆燐の料理を喜んでくれた。でも、同級生にこんな反応をもらうのは初めてで。緊張していたのが嘘みたいだ。
「なんなら、また今度持って来ようか?」
 今日は余った弁当を引き受けてもらった、というだけだから、改めて彼のために弁当を作るのも良いかもしれない。二人分も三人分も、手間でいえば大差はないのだ。
「志摩の嫌いなものとか、味付けの好みとか。あったら教えろ」
 まだまだ、知らないことだらけだけれど。
「ごちそうさま、おおきに」
 ふわりと、陽だまりみたいな笑顔に心音が跳ねる。もっと喜んで欲しいだとか思ってしまう。
「じゃ、じゃーな、また塾でっ」
 赤くなった頬を見られたくなくて、足早に自分の教室に戻ろうと反転した腕を志摩が掴む。
「待って、奥村君」
 椅子に座った状態でそれをやられたものだから、下に引っ張られる格好になり、燐と志摩は仲良く床に頭をぶつけた。
「痛ぇ……」
「堪忍やで。お礼にジュースでも奢ろう思うて」

 俺ばっかり嬉しいなんて、不公平やん?

 ――昼休みはまだ終わらない。
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