つむぎとうか
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弟たち side.R
廉造視点
――尾行するなんて厭らしいわ、この阿呆申ども!!
怒り狂った蝮が兄たちを蹴散らしたため(化粧の相乗効果で般若と形容したいほどの迫力だった)、静かになった空間で改めて注文を聞かれた廉造は躊躇しつつホットココアを頼んだ。
以前、格好つけてコーヒーをブラックで飲んでみたことがあるが、苦さに噎せて爆笑された経験があり、ほとんど姉みたいな彼女に対して見栄を張っても意味がないと悟ったのである。
「あんたは猫舌やねんから冷ましてから飲んで構わへんで?」
「……はは、蝮姉には敵わんなあ」
学年にして八つ分離れている志摩家の末息子を、竜士や子猫丸と隔てなく可愛がっている蝮だった。身長が伸びてきても彼女にとっては小さな頃の印象が強いままだ。
顔立ちこそ父や兄たちそっくりに育った廉造ではあるが、時折“デート”するほど蝮に懐いているという点では異なっていた。単にませているだけとも言えるけれども。
初めてデートしたのは三年前。中学校に入学した春のこと。
新しいクラスで、気になる女子が出来、恋の相談がてら『俺にデートのやり方を教えてくれへん?』とねだった。いつか出来るかもしれない彼女のために、と真面目に頭を下げる少年に、ついつい頷いてしまったわけだ。
結局その子には告白して玉砕したそうだが(慰めるためにやはりデートと称して映画に連れて行った記憶がある)、おかげで廉造は付き合ったことがないのにや たらとデートコースに詳しい不憫な少年になってしまった。そんな男子がモテるかといえば答えは否だ。蝮は甘やかした己を反省した。
――何もせずともモテモテだった柔造とは大きな違いである。
(皆、あの申のどこがええんや)
苦々しく思うのは、いつまで経っても彼女が素直になれないからだ。
彼にとって憎たらしいことしか言わない蝮が、実は好きだなんて伝えたら困らせるだろう。
冗談だと思って笑い飛ばされるくらいならまだいい。気を遣われたりしたらこれまで築いてきた関係が崩れてしまう。
対等なポジションを保っていたくて、一歩たりとも動けない。
そうした機微に廉造は人一倍鋭く、気がつけば“デート”の度に愚痴るようになっていた。年少者相手にそんなことを繰り返しているとばれたら情けないため内緒にしてきたことだ。
「入試終わったお祝いに御馳走したるわ」
今日誘ったのは蝮だった。確かに廉造は東京の正十字学園への受験を終えたばかりだが、それは表向きの口実に過ぎないだろう。
「そりゃ嬉しいけど、メインは買い物やろ?」
図星を刺された彼女がさあっと朱くなり、廉造は瞳を細めた。
(ほんま、柔兄にはもったいないくらいかいらしいなあ)
バレンタインが数日後に迫っている。ちょっと出かけたら高確率でピンク一色の特設コーナーに遭遇し、この刷り込みで廉造の中でピンク=女の子が好きなもの、の図式が定着した。
この恒例行事に、金造はそれなりに、柔造は大量のチョコを貰って帰るが、甘い物が苦手な次兄が9割9分を家族に流している。たった一つ自ら口にするのが蝮からのチョコレートだなんてお約束過ぎる。
義理でも嬉しそうに包みを開ける彼と、「柔兄、美味しそうに食べてはったで」と報告すると幸せそうに微笑む彼女はどう見ても相思相愛なのだから、いい加減実ってもいいだろう。
これまで適当に相槌を打つだけだった廉造だが、今年はちょっとだけ背中を押すことにした。
「蝮姉、まーた柔兄に誕生日プレゼント渡し損ねたんやろ?毎年凹んでる兄貴を見るんも飽きたんや」
この年齢にしては渋い色のマフラーを示して、悪戯っぽく笑う。彼女から一昨年だかに貰ったものだ。
用意をしては渡すのに失敗し、竜士や廉造や蟒のものになっていった贈り物たちも、本来の持ち主に所有された方がずっと様になっていただろう。
今年ばかりは、チョコと共にちゃんと伝えて欲しいと思うのだ。
「せやかて、私が志摩に、とか……へ、変に思われたら気まずい、し」
「大丈夫やって。きっと飛び上がって喜ぶわ」
全くもってもどかしい。
「――ええから、デパート行こか!デートやからっておめかしするんも、俺やのうて柔兄相手のがもっと気合入るやろ!?」
白く細い腕を掴んで促し、廉造は蝮をなだめつつ買い物を進めた。駄目押しに志摩家の門まで引っ張って行った。
(俺、もうすぐ東京行ってまうし、金兄やったら応援しても空回りそうやし、機会は逃せへんやん?)
玄関先で次兄を呼び出す。
「ただいまー、柔兄、お客さんやで」
それだけ伝えて引っ込んで、柱の陰に寄り掛かって彼らのやり取りを眺める。
遠目で音声は聞き取れないが、蝮が真っ赤になりながらプレゼントを突き出すのを見届けた。
(……よし。あとはきばってや、柔兄)
旅立つ前に、弟として出来る最大の贈り物をあげられたかもしれない。
廉造はにやにやしながら自室へ戻った。
怒り狂った蝮が兄たちを蹴散らしたため(化粧の相乗効果で般若と形容したいほどの迫力だった)、静かになった空間で改めて注文を聞かれた廉造は躊躇しつつホットココアを頼んだ。
以前、格好つけてコーヒーをブラックで飲んでみたことがあるが、苦さに噎せて爆笑された経験があり、ほとんど姉みたいな彼女に対して見栄を張っても意味がないと悟ったのである。
「あんたは猫舌やねんから冷ましてから飲んで構わへんで?」
「……はは、蝮姉には敵わんなあ」
学年にして八つ分離れている志摩家の末息子を、竜士や子猫丸と隔てなく可愛がっている蝮だった。身長が伸びてきても彼女にとっては小さな頃の印象が強いままだ。
顔立ちこそ父や兄たちそっくりに育った廉造ではあるが、時折“デート”するほど蝮に懐いているという点では異なっていた。単にませているだけとも言えるけれども。
初めてデートしたのは三年前。中学校に入学した春のこと。
新しいクラスで、気になる女子が出来、恋の相談がてら『俺にデートのやり方を教えてくれへん?』とねだった。いつか出来るかもしれない彼女のために、と真面目に頭を下げる少年に、ついつい頷いてしまったわけだ。
結局その子には告白して玉砕したそうだが(慰めるためにやはりデートと称して映画に連れて行った記憶がある)、おかげで廉造は付き合ったことがないのにや たらとデートコースに詳しい不憫な少年になってしまった。そんな男子がモテるかといえば答えは否だ。蝮は甘やかした己を反省した。
――何もせずともモテモテだった柔造とは大きな違いである。
(皆、あの申のどこがええんや)
苦々しく思うのは、いつまで経っても彼女が素直になれないからだ。
彼にとって憎たらしいことしか言わない蝮が、実は好きだなんて伝えたら困らせるだろう。
冗談だと思って笑い飛ばされるくらいならまだいい。気を遣われたりしたらこれまで築いてきた関係が崩れてしまう。
対等なポジションを保っていたくて、一歩たりとも動けない。
そうした機微に廉造は人一倍鋭く、気がつけば“デート”の度に愚痴るようになっていた。年少者相手にそんなことを繰り返しているとばれたら情けないため内緒にしてきたことだ。
「入試終わったお祝いに御馳走したるわ」
今日誘ったのは蝮だった。確かに廉造は東京の正十字学園への受験を終えたばかりだが、それは表向きの口実に過ぎないだろう。
「そりゃ嬉しいけど、メインは買い物やろ?」
図星を刺された彼女がさあっと朱くなり、廉造は瞳を細めた。
(ほんま、柔兄にはもったいないくらいかいらしいなあ)
バレンタインが数日後に迫っている。ちょっと出かけたら高確率でピンク一色の特設コーナーに遭遇し、この刷り込みで廉造の中でピンク=女の子が好きなもの、の図式が定着した。
この恒例行事に、金造はそれなりに、柔造は大量のチョコを貰って帰るが、甘い物が苦手な次兄が9割9分を家族に流している。たった一つ自ら口にするのが蝮からのチョコレートだなんてお約束過ぎる。
義理でも嬉しそうに包みを開ける彼と、「柔兄、美味しそうに食べてはったで」と報告すると幸せそうに微笑む彼女はどう見ても相思相愛なのだから、いい加減実ってもいいだろう。
これまで適当に相槌を打つだけだった廉造だが、今年はちょっとだけ背中を押すことにした。
「蝮姉、まーた柔兄に誕生日プレゼント渡し損ねたんやろ?毎年凹んでる兄貴を見るんも飽きたんや」
この年齢にしては渋い色のマフラーを示して、悪戯っぽく笑う。彼女から一昨年だかに貰ったものだ。
用意をしては渡すのに失敗し、竜士や廉造や蟒のものになっていった贈り物たちも、本来の持ち主に所有された方がずっと様になっていただろう。
今年ばかりは、チョコと共にちゃんと伝えて欲しいと思うのだ。
「せやかて、私が志摩に、とか……へ、変に思われたら気まずい、し」
「大丈夫やって。きっと飛び上がって喜ぶわ」
全くもってもどかしい。
「――ええから、デパート行こか!デートやからっておめかしするんも、俺やのうて柔兄相手のがもっと気合入るやろ!?」
白く細い腕を掴んで促し、廉造は蝮をなだめつつ買い物を進めた。駄目押しに志摩家の門まで引っ張って行った。
(俺、もうすぐ東京行ってまうし、金兄やったら応援しても空回りそうやし、機会は逃せへんやん?)
玄関先で次兄を呼び出す。
「ただいまー、柔兄、お客さんやで」
それだけ伝えて引っ込んで、柱の陰に寄り掛かって彼らのやり取りを眺める。
遠目で音声は聞き取れないが、蝮が真っ赤になりながらプレゼントを突き出すのを見届けた。
(……よし。あとはきばってや、柔兄)
旅立つ前に、弟として出来る最大の贈り物をあげられたかもしれない。
廉造はにやにやしながら自室へ戻った。
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