つむぎとうか
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弟たち side.K
金造視点
二月半ばの日曜日、午前中。からりと晴れた空模様に、風も控え気味な良い天気だ。
喫茶店の窓際の席で、外を眺めていた金造は緊張に身を強張らせる。ほどなく、コートの裾を翻して蝮が扉を開けるのが見えた。
予想通りに入口近くの席を選んだ彼女は顔見知りの存在に気づく様子もないが、金造も同席者も視力が良いので一挙一動に意識を集中させた。
暖かさにほうっと息を吐く、些細な仕草が妙に艶めかしい。
いつもと感じが違うのは、下ろしてふわりとさせた髪か(多分あれはひと手間加えて巻いている)、仄かに漂う香水の匂いか、はたまた控えめに施された化粧のせいか。元々造作の整った顔立ちなので、派手さはないが十分に人目を引く。
薄紫のブラウスからのぞく手首は華奢で、白のスカートから覗く脚は黒タイツに包まれてすらりと伸びている。バッグと同系色のピンクのパンプスが上品さを中和して絶妙な可愛らしさを醸し出している。
無愛想なデザインの紺のコートを脱いだ途端、彼女の周囲がぱっと華やいだ。
金造さえ一瞬見惚れたほどだ。着飾った彼女に、待ち合わせの相手もさぞや鼻の下を伸ばすことになるだろう。
(意外とでかいんやな、あいつ)
休日には洋服も着ることを知っていたが、普段の勤務服では隠れている胸元に視線が行くのはどうしようもない、が。
「見覚えのない服や……あんなデザイン、いつの間に買うたんや!?」
「柔兄、そのボリュームやとバレる。そろそろ相手も来る頃とちゃうか」
ちゅうか蝮の私服把握しとるん?怖いわ。
(まさか俺が柔兄の暴走を止める役になるとか、人生何が起こるかわからへんで)
傍らでぎしぎし歯ぎしりする次兄のシャツの裾をつまみながら、金造は遠い目をした。
そもそも、どうして貴重な休日をこそこそと蝮の“デート”の尾行に費やしているのか。
表向き週休二日体制を取っている京都支部だが、祓魔用件は土日でも関係なく持ち込まれてくる。
交代で出張所に詰めていた土曜の朝、次の宿直に当たっている柔造が労いの言葉をかけてきた。
『お疲れ、金造。家に帰る前に兄ちゃんと朝飯食いに行こか』
何事にも真っ直ぐであることを好む彼は、先輩で上司、何より父に次いで尊敬の念を抱いている次兄に誘われ、喜んで付き従った。
まさかそこで、尾行の相談を持ち掛けられるなどと誰が予想出来ただろうか。
(あんなにモテる柔兄が、ストーカーでタイホなんてされてしもたら……志摩家末代までの恥や!)
危機感が募り、迷わず同行を申し出た金造だった。
そして柔造の夜勤明け、貴重な休日を誰かのデートを追うことで潰す羽目に陥ったのである。
“誰か”の名前を聞いて仰天した。何かといがみ合っている幼なじみの蝮だというのだ。
『アイツ彼氏おったん!?』
『それはわからへん。ただ、誰かとデートするんは確からしい』
どこで掴んだ情報かと問えば、昼休みに、出張所の休憩室で洩れ聞こえたという。
蝮が携帯の画面に集中しているので、柔造はやや離れた位置に腰かけて弁当の包みを解いた。
ボタンを打つ感じから、おそらくメールをしているのだろうと察せられたが珍しい光景だ。真剣に、あまり早くはない速度で画面に向かう彼女は楽しそうで、最後に送信ボタンを押すと二つ折りの携帯を閉じた。
いつもならば見つけてすぐ喧嘩を売ってくるのに、柔造の存在も眼中にないらしく、無意識の微笑を浮かべながらこんなひとりごとを呟いたのだそうだ。
――デートなんて久々やな、と。
待ち合わせの時間や場所を突き止めるのは容易だった。
律儀な性格の彼女には外出時に母親に前もって行き先を知らせておく習慣があり、柔造は宝生家の奥方から厚く信頼されていたので、訊ねればあっさり教えてくれた。
先回りして現在進行形で見張っているものの、金造は首を傾げざるを得ない。
「そもそも、柔兄はこのデートをどうしたいんや」
「自分でも良うわからんけど、明陀の者は家族みたいなもんやろ。変な男につかまってたら止めてやらな」
蝮もとっくに成人しているのだから、余計な世話だろうと思う。でも言ったら柔造が困りそうなので金造は黙った。
彼はきっと理由が欲しいのだろう。単なる嫉妬だなんて意地でも認めないに違いない。
ここまでわかりやすい反応をされたら、流石に金造にもわかる。
(要するに、柔兄は蝮が好きやねんろ?)
柔造は昔から気が短いが女には決して手を上げず温厚に接していた。ただ一人の例外を除いて。
モテる割には彼女を持つことがなく、だから彼の周りには期待してしまう哀れな女たちが絶えなかったのだ。そして蝮は、申がええ気になっとるわと悪態を吐くのがいつものやり取りだった。
次兄の想いに薄々気がついていた金造だが、やはり寂しさがこみ上げてくる。
それでも叶って欲しいと願うのは、おそらく彼の一途さをずっと側で見守ってきた者の感傷なのだろう。
再び入店を告げるベルが鳴り響いて、蝮の反応から待ち人が来たのだろうとわかる。
蒼白な頬の柔造ほどではないが、真剣な面持ちで近づく影の品定めをしようと身構えた。
……そして、一瞬のちにのけ反った。
にこにこ笑いながら蝮に手を振ったのが彼らの末弟であったので。
「「何しとんねん、廉造っ!?」」
隠れることをすっかり失念した二人は見事に同時に叫んだ。
喫茶店の窓際の席で、外を眺めていた金造は緊張に身を強張らせる。ほどなく、コートの裾を翻して蝮が扉を開けるのが見えた。
予想通りに入口近くの席を選んだ彼女は顔見知りの存在に気づく様子もないが、金造も同席者も視力が良いので一挙一動に意識を集中させた。
暖かさにほうっと息を吐く、些細な仕草が妙に艶めかしい。
いつもと感じが違うのは、下ろしてふわりとさせた髪か(多分あれはひと手間加えて巻いている)、仄かに漂う香水の匂いか、はたまた控えめに施された化粧のせいか。元々造作の整った顔立ちなので、派手さはないが十分に人目を引く。
薄紫のブラウスからのぞく手首は華奢で、白のスカートから覗く脚は黒タイツに包まれてすらりと伸びている。バッグと同系色のピンクのパンプスが上品さを中和して絶妙な可愛らしさを醸し出している。
無愛想なデザインの紺のコートを脱いだ途端、彼女の周囲がぱっと華やいだ。
金造さえ一瞬見惚れたほどだ。着飾った彼女に、待ち合わせの相手もさぞや鼻の下を伸ばすことになるだろう。
(意外とでかいんやな、あいつ)
休日には洋服も着ることを知っていたが、普段の勤務服では隠れている胸元に視線が行くのはどうしようもない、が。
「見覚えのない服や……あんなデザイン、いつの間に買うたんや!?」
「柔兄、そのボリュームやとバレる。そろそろ相手も来る頃とちゃうか」
ちゅうか蝮の私服把握しとるん?怖いわ。
(まさか俺が柔兄の暴走を止める役になるとか、人生何が起こるかわからへんで)
傍らでぎしぎし歯ぎしりする次兄のシャツの裾をつまみながら、金造は遠い目をした。
そもそも、どうして貴重な休日をこそこそと蝮の“デート”の尾行に費やしているのか。
表向き週休二日体制を取っている京都支部だが、祓魔用件は土日でも関係なく持ち込まれてくる。
交代で出張所に詰めていた土曜の朝、次の宿直に当たっている柔造が労いの言葉をかけてきた。
『お疲れ、金造。家に帰る前に兄ちゃんと朝飯食いに行こか』
何事にも真っ直ぐであることを好む彼は、先輩で上司、何より父に次いで尊敬の念を抱いている次兄に誘われ、喜んで付き従った。
まさかそこで、尾行の相談を持ち掛けられるなどと誰が予想出来ただろうか。
(あんなにモテる柔兄が、ストーカーでタイホなんてされてしもたら……志摩家末代までの恥や!)
危機感が募り、迷わず同行を申し出た金造だった。
そして柔造の夜勤明け、貴重な休日を誰かのデートを追うことで潰す羽目に陥ったのである。
“誰か”の名前を聞いて仰天した。何かといがみ合っている幼なじみの蝮だというのだ。
『アイツ彼氏おったん!?』
『それはわからへん。ただ、誰かとデートするんは確からしい』
どこで掴んだ情報かと問えば、昼休みに、出張所の休憩室で洩れ聞こえたという。
蝮が携帯の画面に集中しているので、柔造はやや離れた位置に腰かけて弁当の包みを解いた。
ボタンを打つ感じから、おそらくメールをしているのだろうと察せられたが珍しい光景だ。真剣に、あまり早くはない速度で画面に向かう彼女は楽しそうで、最後に送信ボタンを押すと二つ折りの携帯を閉じた。
いつもならば見つけてすぐ喧嘩を売ってくるのに、柔造の存在も眼中にないらしく、無意識の微笑を浮かべながらこんなひとりごとを呟いたのだそうだ。
――デートなんて久々やな、と。
待ち合わせの時間や場所を突き止めるのは容易だった。
律儀な性格の彼女には外出時に母親に前もって行き先を知らせておく習慣があり、柔造は宝生家の奥方から厚く信頼されていたので、訊ねればあっさり教えてくれた。
先回りして現在進行形で見張っているものの、金造は首を傾げざるを得ない。
「そもそも、柔兄はこのデートをどうしたいんや」
「自分でも良うわからんけど、明陀の者は家族みたいなもんやろ。変な男につかまってたら止めてやらな」
蝮もとっくに成人しているのだから、余計な世話だろうと思う。でも言ったら柔造が困りそうなので金造は黙った。
彼はきっと理由が欲しいのだろう。単なる嫉妬だなんて意地でも認めないに違いない。
ここまでわかりやすい反応をされたら、流石に金造にもわかる。
(要するに、柔兄は蝮が好きやねんろ?)
柔造は昔から気が短いが女には決して手を上げず温厚に接していた。ただ一人の例外を除いて。
モテる割には彼女を持つことがなく、だから彼の周りには期待してしまう哀れな女たちが絶えなかったのだ。そして蝮は、申がええ気になっとるわと悪態を吐くのがいつものやり取りだった。
次兄の想いに薄々気がついていた金造だが、やはり寂しさがこみ上げてくる。
それでも叶って欲しいと願うのは、おそらく彼の一途さをずっと側で見守ってきた者の感傷なのだろう。
再び入店を告げるベルが鳴り響いて、蝮の反応から待ち人が来たのだろうとわかる。
蒼白な頬の柔造ほどではないが、真剣な面持ちで近づく影の品定めをしようと身構えた。
……そして、一瞬のちにのけ反った。
にこにこ笑いながら蝮に手を振ったのが彼らの末弟であったので。
「「何しとんねん、廉造っ!?」」
隠れることをすっかり失念した二人は見事に同時に叫んだ。
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