つむぎとうか
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Walk with you.
甘い甘い
学費免除で合格を果たした医大は大阪にあった。
住所を告げた時、彼には馴染みのある地名だったらしく、一時間ちょっとで会いに行ける距離ですやん、と電話の向こうで声を弾ませた。志摩は勝呂や子猫丸 と共に、京都へ帰って勤務開始まで存分に羽根を伸ばしていた。
――で、いつ越してきはるん?早う会いたいわあ。
卒業の翌日には寮を引き払って、燐と雪男は騎士団の用意した仮宿舎で過ごしている。監視の目がついてくるのは仕方ないが、四月からは離れ離れになるのだ から、兄弟水入らずの最後の期間だ。
燐はこのまま正十字に留まり、任務に就く。仕事自体は高校時代からこなしていたが、専業となればまた違ってくるだろう。雪男にも未知の領域だ。
――三月末まではこっちに。入居準備なんかで、日帰りで何度か行くけど。
新たな日々に、当面は慣れるのに精一杯だろう。これまでも駆け足だったが、医師免許は急いで取得したいと希望している。医工騎士の資格があるので、基礎 は免除で卒業までの年数も縮む。立ち止まるのは主義に反する。
あんたらしいわと、通話相手が苦笑するのがわかった。ゆっくりしてくれと頼まれたって聞かない、だからたまにはデートしましょう?と。
ひとまず来週、下見の時に約束を取り付けた。
「おい雪男、頬緩んでるぞ」
風呂から上がった燐が素っ気なく指摘してきて、動転して終了ボタンを押してしまう。
こっちだって顔を見たいとは言えないままだった。
++++++++++
大学への手続きやらアパートの掃除を済ませた、絶妙な時間にドアを叩かれた。
「せんせ、大丈夫ー?はりきって荷物解いて怪我とかしてへん?実生活ではやたら無防備やから心配で」
「平気だよ、子どもじゃないんだから」
危うく指を切る寸前だったのは内緒にしておこう。
「坊と子猫さんもよろしく言うてはったけど、今日のことは知らせてへんねん。忙しないやろ?」
「そうだね、京都へは改めて挨拶に出向くつもり」
関西で最も大きな支部である京都出張所へは、度々ではないが顔を出すつもりでいる。講義の合間に詠唱の勉強も進めたいと考えていたので。
「向上心の塊やね。疲れたら一緒に休みましょ」
いかにも“らしい”科白を吐く志摩だが、実家へ戻って遊んでばかりでもないのを勝呂から聞いている。兄たちの修行にも逃げずに付き合って、働き始めて足 手まといにならないように、と。
『先生の影響受けとるんですわ。ほんま、感謝してます』
保護者口調の勝呂に噴き出してしまったのは昨夜のこと。
『良う笑うようになりはったて、奥村も言うてましたが。――あのう、ほんまに志摩でええんですか?』
『まあ、志摩君も嫌になったら撤回するって明言してるので』
『……情けない奴やな!』
幼なじみに呆れ果てているらしい勝呂に、だから良いのだとフォローになるかわからないが付け加えておいた。少なくとも、全力で接したら臆してしまう雪男 には効果的な口説き文句だ。巻き込みたくはないから。
『もしあいつにうんざりした時は、教えたってださい。説教しますし、お望みならぶちのめすんで』
兄と同じことを言う真面目な元生徒に礼をしつつ、雪男の笑いはしばらく収まらなかった。
こんなに楽しい気持ちは久しぶりだった。
++++++++++
そうだ忘れないうちに、と、懐から取り出して渡されたものは、先刻作ったばかりの合鍵である。
「はい、これ。京都から直通ってわけにはいかないけど、来たくなったらどうぞ」
「ほんまにええの!?足しげく通うてしまうけど」
「仕事に支障のない範囲だったら歓迎するよ」
側に行くことをゆるされるのが、どれほど特別なことかなんてわかりきっているので。
宝物にしますと胸に抱いて、心なしか赤くなった頬に手を伸ばして。
志摩は幸せそうに雪男を抱きしめると、唇を寄せた。
触れただけの睫毛をくすぐったそうに震わせる。
飽くまで味わうのはもう少し先でいい。
今は、ただ隣を歩けるだけで。
住所を告げた時、彼には馴染みのある地名だったらしく、一時間ちょっとで会いに行ける距離ですやん、と電話の向こうで声を弾ませた。志摩は勝呂や子猫丸 と共に、京都へ帰って勤務開始まで存分に羽根を伸ばしていた。
――で、いつ越してきはるん?早う会いたいわあ。
卒業の翌日には寮を引き払って、燐と雪男は騎士団の用意した仮宿舎で過ごしている。監視の目がついてくるのは仕方ないが、四月からは離れ離れになるのだ から、兄弟水入らずの最後の期間だ。
燐はこのまま正十字に留まり、任務に就く。仕事自体は高校時代からこなしていたが、専業となればまた違ってくるだろう。雪男にも未知の領域だ。
――三月末まではこっちに。入居準備なんかで、日帰りで何度か行くけど。
新たな日々に、当面は慣れるのに精一杯だろう。これまでも駆け足だったが、医師免許は急いで取得したいと希望している。医工騎士の資格があるので、基礎 は免除で卒業までの年数も縮む。立ち止まるのは主義に反する。
あんたらしいわと、通話相手が苦笑するのがわかった。ゆっくりしてくれと頼まれたって聞かない、だからたまにはデートしましょう?と。
ひとまず来週、下見の時に約束を取り付けた。
「おい雪男、頬緩んでるぞ」
風呂から上がった燐が素っ気なく指摘してきて、動転して終了ボタンを押してしまう。
こっちだって顔を見たいとは言えないままだった。
++++++++++
大学への手続きやらアパートの掃除を済ませた、絶妙な時間にドアを叩かれた。
「せんせ、大丈夫ー?はりきって荷物解いて怪我とかしてへん?実生活ではやたら無防備やから心配で」
「平気だよ、子どもじゃないんだから」
危うく指を切る寸前だったのは内緒にしておこう。
「坊と子猫さんもよろしく言うてはったけど、今日のことは知らせてへんねん。忙しないやろ?」
「そうだね、京都へは改めて挨拶に出向くつもり」
関西で最も大きな支部である京都出張所へは、度々ではないが顔を出すつもりでいる。講義の合間に詠唱の勉強も進めたいと考えていたので。
「向上心の塊やね。疲れたら一緒に休みましょ」
いかにも“らしい”科白を吐く志摩だが、実家へ戻って遊んでばかりでもないのを勝呂から聞いている。兄たちの修行にも逃げずに付き合って、働き始めて足 手まといにならないように、と。
『先生の影響受けとるんですわ。ほんま、感謝してます』
保護者口調の勝呂に噴き出してしまったのは昨夜のこと。
『良う笑うようになりはったて、奥村も言うてましたが。――あのう、ほんまに志摩でええんですか?』
『まあ、志摩君も嫌になったら撤回するって明言してるので』
『……情けない奴やな!』
幼なじみに呆れ果てているらしい勝呂に、だから良いのだとフォローになるかわからないが付け加えておいた。少なくとも、全力で接したら臆してしまう雪男 には効果的な口説き文句だ。巻き込みたくはないから。
『もしあいつにうんざりした時は、教えたってださい。説教しますし、お望みならぶちのめすんで』
兄と同じことを言う真面目な元生徒に礼をしつつ、雪男の笑いはしばらく収まらなかった。
こんなに楽しい気持ちは久しぶりだった。
++++++++++
そうだ忘れないうちに、と、懐から取り出して渡されたものは、先刻作ったばかりの合鍵である。
「はい、これ。京都から直通ってわけにはいかないけど、来たくなったらどうぞ」
「ほんまにええの!?足しげく通うてしまうけど」
「仕事に支障のない範囲だったら歓迎するよ」
側に行くことをゆるされるのが、どれほど特別なことかなんてわかりきっているので。
宝物にしますと胸に抱いて、心なしか赤くなった頬に手を伸ばして。
志摩は幸せそうに雪男を抱きしめると、唇を寄せた。
触れただけの睫毛をくすぐったそうに震わせる。
飽くまで味わうのはもう少し先でいい。
今は、ただ隣を歩けるだけで。
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