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つむぎとうか

   
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駆け出す一歩
卒業式捏造

 着古した制服を脱いで、きちんとハンガーに吊るして、翌朝のために就寝準備。
 普段の志摩からすれば考えられない日付変更前時刻だが、最後くらいはいいだろう。
 明日は特別だから。
 三年間の濃い高校生活を送った正十字学園、そして祓魔塾の卒業式を控えている。
 荷物も殆どは梱包済だ。謝恩会が終わったら、住み慣れた寮を引き払って京都へ帰る。

 布団へ潜る前、未練がましく携帯を開く。席を外したのは風呂場へ行った僅か数十分かそこらなのに、着信履歴をチェックし、新着メールを問い合わせること 二、三回。
 しばしの沈黙を経て嘆息し、ルームメイトと同様に眠りを貪ろうとしたが意識が途切れてくれない。
(連絡なんて来るわけあらへんか……)
  ここ二週間、ずっと雪男の姿を見ていない。塾の課程をひととおり修了して、学科だって異なるとはいえ、こうまで会わないものだろうか。避けられている、と 半ば確信していたが、自惚れだったらと思うと燐に(こちらは狙えば学校でも簡単につかまった)訊くこともできない。ここにきて志摩は自分がヘタレだと認め ざるを得なかった。



 最早隠し通せない程に膨らんだ恋情を、残さずぶちまけたのが二月の半ば。
 同性、しかも異性への興味を公言している同学年兼教え子の告白を、雪男は最初信じてくれなかった。何度も言い募れば、冗談に付き合うほど暇ではないんだ と怒りを露わにした。

『ふざけてるんとちゃう、せやったらこんな必死に二人きりになろうとしいひん。奥村先生が好きや』
  ひとけのない教室にわざわざ呼び出して、唇は緊張で震えて、それでも真っ直ぐに紡いだことばを、真面目に取り合ってもらえない絶望に立ち眩みがした。頭に 血が昇り、発作的に相手の両肩を掴んでいた。入学当時にはあったはずの身長差がとうに埋まっていることにようやく気づいた。
 だが腕力差までは覆せていなかったようで。上級祓魔師に昇格した雪男とは踏んだ場数も違う。そのまま頬を寄せようとした志摩は、次の瞬間返り討ちに遭っ た。

『――はなせ』
 怒気を孕んだ声に、飛んできた拳。痛みに膝を突いた志摩に、雪男が情けを掛けることはなかった。去りゆく背中は一度も振り向くことはなく。
 耳の端が赤く染まっていたのは都合の良い錯覚だったのだろうか。



 それきりだった。悲観主義者でない志摩でも、さすがに明るい予測はしていなかったけれど。ただ離れるまでにもう一度会いたくて、伝えきれなかった好きな 理由だとかを聞いてもらいたくて。諦めるのはまだ早い。
 結局明け方近くまで起きていて、疲れ気味の脳で式典に臨んだ。
 とある時点ですっかり覚醒したのだけれど。

「……答辞、奥村雪男」

 卒業生から選ばれたらしい彼は、堂々としていて。一般生徒にはモテながらも近寄りがたいと称されるのも頷ける態度だった。
 だが志摩は知っている。塾で過ごした日々のなかで、兄やしえみと接する柔らかい眼差しや、厳しくも学んだ者には惜しまなかった沢山の優しい言葉、意外と 不器用な所や、その他諸々を。
 どれもこれも、適当だった自分とはまるで違って、なんて目が離せない人なのだろうと気がつけばいつも思考を支配されていて、女子とのデートにもいつしか 食指が動かなくなっていって。

 この三年間で、報われる保障もない執着が募るばかりだった。
 勝呂や子猫丸にも言えない本命の存在を、ぼかして皆に広めたら動揺するかと思った。愚かな焦がれ方だ。
『志摩君、好きな子のためにどの女子に誘われても断ってるって言ってたじゃないか』
(それはあんたやて、からかわれた時に返しとくんやった)
 手遅れ?いや、――最後の機会だ。

 講堂から吐き出されていく影の群れから、眼鏡に黒子のひとつをとらえて、有無を言わせず駆け寄った。




「お前、昨日までどこ行ってたんだよ?」
 夜中に帰寮した雪男の気配を嗅ぎつけて、寝ていた燐はさっさと厨房に移動し夜食をこしらえた。だから、登校中の大きな欠伸も今朝ばかりは叱れない。
「任務の引き継ぎと入居手続き。式には出たかったから、ちょっと無理したんだ」
 異例の若さで上二級となった雪男だが、高校卒業後は医大進学を決めていた。
 祓魔師としてはしばらくの休業。奨学金制度のある地方大学で、免許取得のため集中的に学ぶことになる。自分が抜けた後の穴埋めをしなくてはいけないの で、合格後は多忙を極めていた。
 志摩の告白を受け止める余裕などあろうはずもなかった。乱暴に突き飛ばしたのだから彼も目が醒めただろう。

 本当は嬉しかったなどと、悟られるわけにはいかない。頷いたって、春からは全く重ならない生活を送ることになるのだ。無かったことにして、やがて忘れて くれればそれで。
(気づいてたよ、ずっと)
 熱を帯びた視線が注がれていること、幼なじみたちが首を傾げるほど女子に熱心に言い寄らなくなっていったこと。ただ、言われないまま終われば都合が良 かった。
 大分改善したとはいえ、燐に対する冷遇が改まったわけでもない。兄弟揃ってまだまだ実績を築いていく必要がある。
 ……進学先は関西だから、京都勤務の志摩には会いに行けるけれど。
 これ以上面倒事に巻き込んでたまるか。

 あと一度でも囁かれたらやばいと危機感を募らせながら、雪男は燐と並んで講堂へ入った。
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