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つむぎとうか

   
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彼との不毛な日々について a
志摩視点

 肩口に埋めた顎をそうっと引くと、朝陽の眩しさが目に沁みた。毛先が当たってくすぐったいのか、ん、などと甘く漏らす唇を人差し指で愛おしくなぞり、囀りよりもちいさなボリュームで挨拶を落とした。
「おはよ、せんせ」
寝顔を眺めていたいから、起こしてしまわぬように。
それでなくても昨晩は少し……ほんの少し抑えがきかなかった。解放した後は糸が切れたみたいにことりと眠りについた。雪男からはいまも幽かに血の匂いがする。
シャワーを浴びても消えない、だから触れないでくれと拒絶する彼を無理矢理組み敷いた。任務で退治した悪魔の血のにおいを、君に移すのが嫌なんだとしばらく抵抗は続いたけれど、両腕をひとまとめにしてベルトで縛ればあとは志摩の思うがままだ。
耳朶を食み首筋に刻んだ朱い痕、悪魔の名残など掻き消してしまえ。やめろ、の声に制止的意味が弱くなった頃合を見計らって、熱に浮かされた瞳に囁きかけた。
『うつして。俺は、いつでもあんたの全部が欲しゅうてどうしようもないんや』
――彼の手に掛かった悪魔にすら妬いてしまうほど。



逢瀬はいつも、彼の兄が寝静まったのち。
人目につかない旧男子寮の空き部屋で、僅かな時も惜しんで、互いの息を貪り合う。
女子大好きを公言して憚らなかったのに、自分より体躯の良い同性に躊躇いもなく欲情出来ることは意外だった。
その気になれば恋人なんて作り放題だろうに、同校生で塾の教え子なんて厄介な自分を選んだ彼はなかなかに捻くれている。その手を取った共犯者の自分も。
堪え方など知らない、余裕なんて微塵もない。苦しみを伴う恋愛など御免だと、過去の自分が見たら鼻で笑うだろう。
『仲良うなってデートして、楽しい気持ちだけ共有出来たらええやん』
デート?
二人きりになれるのは寝台しかない殺風景な此の部屋だけで、雪男にも志摩にも優先すべき相手は他に居て、満たされるなんて幻想で。体を重ねていながら焦燥ばかりが募る。
楽しさなんてどこにある?
いつすり抜けていくかわからない肌に、触れるだけでこころがざわつくのに。
壊れそうで大切にしたいのに、いっそ粉々に砕いてやりたいとさえ思う。

気づきたくなどなかった、嘘で塗り固めた一番奥の本心などに。
それは志摩自身さえも呆れかえるほどの狂気。
……でも、表に出すことはしないだろう。

きっと雪男は、束縛されたくないと望んでいる。いつでも解ける関係が良いと。
「罪深い、人やねぇ」
黒子の散った白い頬を見下ろして、乾ききった涙の軌跡を追う。涸れるまで泣かせ、同じだけ快楽も与えたのに、この虚しさは何だ。

――何で、俺やったんです?

『志摩君ならきっと、僕を一番にはしないだろうから』

きっと何気なく打ち明けただろう、残酷な選別理由。

もう手遅れなのに。
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