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つむぎとうか

   
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迷走行進曲 4
修羅場

「せん、せい」
 真夜中に死にそうな声で電話して来られたら、多少は気になる。相手が昼間は同級生で放課後の塾では教え子の、妙に人の心にするりと馴染んでくる知り合いだったら。自分が双子の兄に抱く家族愛では括れない強い執着、彼が幼なじみに覚える欲、どちらも根本は同じだから突き放せない。
 携帯越しに志摩の啜り泣きが届いた。
「……何があったんですか」
 嘘つきが特技で、いつも飄々としている彼がこうまで弱々しくなるのは、勝呂が関わっているからだろう。よもやと思い耳を澄ませば、沈黙しているがもうひとりの呼吸音がきこえた。
「あんな、奥村君、俺らの部屋に来てもろてええ?代わりに俺がそっち行くし」
 疾うに寝息を立てている燐の肩を叩いて、通話を譲り事情を説明してもらった。
「勝呂!? ああ、すぐに行く」
 志摩はまともな会話も難しそうな状態だったから、あちらも交代したのだろう。すごい勢いで燐は覚醒し、目配せだけしてベッドと部屋を飛び出した。
 兄は真っ直ぐに愛しい相手の元へ駈けて行った。
 泣き顔で訪れるらしい志摩をひとまず待っていようか。

――もうええ。志摩は、志摩や。
 終了ボタンを押す前、勝呂が宥めているらしいやり取りが洩れた。

 現れたのは余裕の欠片もない少年で、流石に雪男は眉を顰めた。
 疑問を呈する間もなく、抱きついてきて嗚咽する。同い年なのに保護者にでもなった気分だ。まったく、授業の時にこの可愛げを見せればよいのに。
 静かな部屋で、たっぷり十分は慟哭が続き。漸く落ち着いたらしい志摩が胸元から顔を上げた。……入れ替わりに燐を呼び寄せた経緯も説明してもらおうか。
「俺、坊に合わせる顔が無うなってもうた」
 こつん、額を小突いた。抑えが効かなかった彼に対する戒めの意味をこめて。


 同室の残り二人はすやすやと眠りの只中にいる。
 子猫丸の頬がぴくりと動いた気がしたが、燐は気にする余裕がなかった。ベッドに腰掛け、呆然としている勝呂を掻き抱いた。
「わざわざすまん、奥村。――堪忍」
 俯く、眼を逸らす。視線をつかまえてはいけないと本能でわかったから、燐はただ勝呂の耳元で囁いた。
「勝呂が謝ることはねえだろ」
 なにもかもを暴くような漆黒の瞳。後ろめたい、隠しごとをしたいわけではないのに。
「志摩に、襲われたんだって?」
「弾みや。あと……未遂で止めた」

 かけがえのない友人に迫られたのがつい先刻の出来事。
『坊と奥村君見てると胸締め付けられるんです』
 見たこともないせつなげな表情をしていた。自分がこうさせたのかと息を呑んで、その隙に壁際に追い詰められた。
『お願いです、俺の気持ち、受け入れてください。――ずっと、坊のことが』
『やめえ、志摩! 俺は、』

 知っとります。坊は奥村君に惚れてはって、両想いで、俺の入る余地なんてどこにも――でも、想いの強さは負けてへんつもりや。
 坊が好きや。離れんといて、俺を見て、愛させてください。

 洪水のように注がれる懇願のことばに、ほとんど思考を停止しかけたが、燐の笑顔を脳裏に浮かべて抵抗を復活させた。志摩も必死だったのだろうが、腕力差で何とか掴む腕を突き飛ばし、そして冒頭に至る。
「知ってた。志摩はいい奴だけど、俺が勝呂と並んでたら険しい顔してたし、いつまでも独占してられるとも思ってなかった」
 燐はずるい。勝呂の気持ちが自分に向いているのを確かめたうえで、こうして打ち明けているのだから。
「まさか、志摩のために別れる言うんやないやろうな」
 勝呂はぎろりと突きつけた。友人のためなら身を引くとかやりそうなのだ、奥村燐という男は。
 志摩は志摩だ。あの後ひたすら謝罪した彼が大切な存在でなくなることはないだろうし、燐とは別次元なのだ。
「嫌だよ。俺、勝呂に惚れてるんだぜ?」
「……なら、不安そうに抱きしめるんやない」
 いつも通り、ただ好きと伝えるやり方で、触れてきたらいい。
 今後志摩に迫られたとしても、きっぱり拒絶すると約束するから。


 はじめはどんな手を使ってでも妨害してやろうと思った。けれど、勝呂が燐を大切に想っているのをまざまざと思い知り、あえなく挫折した。志摩は勝呂の悲しむことをしたくなかったのだ。
 それなのに、慕情を打ち消すことも出来なかった。

「全く、早まってくれたね。兄さんと勝呂君はキスくらいしかしてないのに」
「それでもじゅうぶんつらいですって……」
 慰めなんてくれないだろう雪男の前だから素直にいじける。
 燐たちは今頃、志摩の去った部屋で熱い抱擁でも交わしているのだろうか。
(兄さんも、好きな相手に秘密を持ち続けるのは苦しいはずだ)
 甘やかすのは癪だったが、また燐の勝呂への情を示されるのはつらいので、……馬鹿な志摩が再び暴走しないように。
 手綱でもつけてやろうかと雪男は思った。
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