つむぎとうか
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カイ→ルカ気味な日常の一コマ。
「カイト兄さん」
先輩である青髪の男性を、ルカはそう呼んでいた。
ボーカロイドに血縁関係はないが、同居していれば家族のような親しみが湧く。
彼女の場合、デビューが後発なのに年齢が上ということもあって、最初は立場が微妙だった。
『ミク姉さん、リン姉さん、レン兄さん…?』
『すっごい違和感。ルカちゃん、私のことは呼び捨てでいいからねっ』
『私たちもー。ていうかルカ姉っていうのがしっくりくるし』
年下の先輩たちは、仕事以外ではなるほど可愛い弟妹気質だった。
『ミクちゃん、リンちゃん、レン君』
半年も経つ頃には、ちゃん付けも君付けも取れていた。
メイコの場合、わかりやすく姉キャラだったので、メイコ姉さん呼びが定着している。
そして、外見が年上の男性の場合。
「兄さん、コーヒー飲みます?」
「ん、ミルク多めでお願い」
暗譜の息抜きにキッチンへ向かう前に、リビングに留まるもうひとりに声を掛けた。家族として当然のことだと思う。
「冷蔵庫にもらいもののケーキがあるよ。切ってくれる?」
「はい、じゃあお皿とフォーク出してください」
読みかけの雑誌を閉じて、立ち上がったカイトが食器棚を開ける。青とピンクのマグカップを取ってカウンター越しにルカへ渡した。
ケーキはふわふわのシフォン。くれたのがレンのファンでもあるプロデューサーなので、バナナ味だ。
「美味しい…!」
ひと切れを口にして、驚愕の声をあげた。
「ルカはここの店に行ったことがあったっけ」
ミクや双子はもちろんのこと、辛党のメイコさえ絶賛するほどで、家にある時は争奪戦状態だ。今までルカが食べたことがなかったのは、タイミングが悪かったのだろう。
「テイクアウトでも良いけど、俺は店で食べるのが好きなんだ」
なぜって、アイスが添えられて出てくるから。
季節を問わず冷菓を欠かさないカイトらしい理由である。
「バニラとケーキとの相性が抜群でさ。あの感動は知って欲しい。今度一緒に行こう」
眼を輝かせる男に、ルカはくすくす笑って頷いた。
年長者だけど可愛く見える時もある。
「私、週末の午後なら空いてます。カイトの予定は?」
思わず兄さんを抜かしてしまっていた。
が、相手は別に動じた様子もなく(そうだ、大らかなひとなのだ)。
「じゃあ、スケジュール確認しとくよ」
さらりと流してくれたので、これからは時々名前でも呼んでみようと思う。
※
ルカの誕生日。
予約を入れていたことを悟らせないような誘い文句を考え考え、結局回り道はやめにした。
「この前言ってたシフォンケーキの店なんだけど。予定がないなら食べに行く?」
「…実は楽しみにしてたんです」
舌を出し頬を染めた彼女が外出支度をしている間に深呼吸。
デートだなんて思っているのは彼だけだろうから。
「お待たせしました、うわ、風がきついですね」
髪がぐしゃぐしゃになってしまったと情けない声。
「大丈夫だって、じゅうぶん綺麗だよ」
妹をからかう兄の立ち位置。わかっている、ちゃんとそれらしく振舞えているはずだ。
ほんとうは“兄さん”なんて呼んで欲しくなかった。いちど根付いた認識は変えられないだろうと嘆いていたら、先日きゅうに呼び捨てにされた。
どれだけ嬉しかったと思っているのだ。教えないけど。
深い意味などないのだろう、ルカからしたら。
気に入った甘味を向かい合って食べたいなんて、強く望んだのは彼女が初めてだ。
「あの看板が出てるお店ですか?意外と近いんですね」
「結構距離あるけどね」
並んで歩く時間は退屈ではないらしいので、安心した。
家族という属性を疑問なく受け入れている相手であれば、どう告げていいやら。手探り状態にそろそろ決着をつけたい。
ポケットにこっそりしまったプレゼントを渡すのだ。
「?ドアの前でなにをためらっているんですか、カイト」
また、心臓に悪い呼び捨て攻撃。――吉と出るか、凶と出るか。
後のことは神のみぞ知る。