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つむぎとうか

   
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手放した光
墺→列。
後悔する貴族の独白。

ぱたぱたぱた…
「エスターライヒ様っ」
駆け寄ってくるのは名に光を宿す少女だ。青年は眉をしかめて叱る。
「淑女がはしたないですよ」
外見が幼しといえども国。あるじである彼が厳しくしなければ、周辺諸国に付け入られる。
三つ編みを揺らして急いできてくれる少女がいじらしかったのだけど。
「今日あなたを呼んだのは他でもありません。渡したいものがあるのです」
後ろ手に用意した贈り物を隠しておいた。

「ごめんなさい。生憎、兄さまと約束しておりますので」
慌てて顔を上げると、長かった少女の髪が肩より短く変化している。スイスと同居を始めてから、一途に慕う表情を見せるようになった。
一礼だけして踵をかえした。
「リヒテン――」
お待ちなさい、と言おうとして。引き止める理由のないことに愕然とする。
撫でるために伸ばした手が空を切る。
彼女が苦しい時、助けてやれなかった負い目が、彼女に触れることを許してくれない。

そんな、遠い記憶の夢をみた。
(実際の出来事でもないのに、やけに鮮明でしたね)
別れてからしばらくも、少女は綺麗な髪だった。
でも、渡せなかったプレゼントならある。
いつか自然に贈れるだろうかと、未だに寝室の机の奥に眠っている。

少女が幼なじみの保護下に置かれてから。
会う回数は極端に減った。
『あの娘はまだ弱っている。すこし様子を見た方が良いのではないか?』
頷き、避けがちになった。少女と向き合う自信がなかった。
透き通った瞳に、もし嫌悪を見出してしまったら?
かつてのように強気に接するには、彼も変わったということだ。
(スイス、あなたは御存知ないかもしれませんね)
おとなしく物静かと評されがちなリヒテンシュタインが、もっと昔は朗らかによく笑う娘であったこと。
印象は塗り替えられる。新たな性質が少女にぴったりだというなら、誰とも共有できなくていい。
今となっては、オーストリアだけが覚えている姿なのだろうか――。

あの頃に戻りたいと願う。愚かさをまた繰り返すだけなのだとしても。
(もういちどだけ、あの名前で呼びかけてくれたら)

終わり

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