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つむぎとうか

   
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暗転
付き合ってるのにこの温度

 痕を刻まれた傷口が疼く。
 体を起こそうとして、足首の違和感に崩れおちる。鈍く光る錆びた鎖、手首を縛るのは縄だ。
 そうして、背後から伸びてきた腕は――
「どういうことです」
 戸惑いを強く滲ませ、溜め息を吐く。

 眼前に置かれたミネラルウォーターのボトル。
 動けないのにどうやって飲めと。睨んだが迫力は宿していなかったろう。怯むことなく正面に来て、膝を突いて覗きこまれる。この場にそぐわない優しさに背 筋が震えた。
 硬い床、灯りがないだけだなく窓も見当たらず、どの部屋だか見当もつかない、ここは一体何処なのか。
 薄暗い空間だが、触れてくる指の主は疑うべくもない。確かめようと瞳を開いて、雪男は眼鏡を掛けていないことに気づいた。自ら外す状況は限られているの で、奪われたのだろうとわかる。
 誰に?……おそらく、微笑を浮かべているだろう相手に。

「嫌やなあ、連れてくる時に言うたやん」
 上機嫌でボトルに唇を付けた志摩が、俯いた顎を物のように掴んで上向かせる。否応なく流し込まれる水が、意識を明瞭に戻してゆく。ごくり、潤った喉が 鳴った。間髪入れず、今度は舌が差しこまれる。
 口内を蹂躙され、また眩暈が襲う。熱くて息が継げなくてくるしい。
「んっ、……ふ、な、んで、」
「恋人との約束忘れたらあかんで、センセ。それとももっかい聞きたい?」
「え、いつ…?」
「質問してるんはこっちや」
 うろたえて視線を泳がせると、余裕を脱ぎ捨てた声が一段低くなった。
 晒された肌に血が流れそうな強さで爪をたてられ、涙を浮かべる。こんなふうに乱暴に問い詰められたことなどない。どうやら志摩を激昂させた原因は自分に あるようだが、約束とやらの内容が思い出せなかった。
 志摩と交わした会話なら、他愛ないやり取りも殆ど覚えているのに。
「ええけど。破るなら、こっちも好きにするだけやし」
「いい、から、鎖を」
 解け、冗談にも限度があるだろう。怒鳴りたいのに力が足りず、垂れ下がる手をまとめて捕まえられた。親指から順に、舐められ、響く音に肩を揺らしてしま う。
「外すわけにはいかへん、これはお仕置きや」

 観念しぃや、雪。

 特別な時にだけ使われた呼称には欠片の甘さも含まれていなかった。
 くいこむ縄よりも、恋人からの責め苦の方が何倍も蝕んだ。歪んだ手つきで愛撫する彼の表情もどこか悲しそうで。

 抗う意思も消えたとき、視界が暗転した。
 目隠しに押しつけられた布の隙間から涙が流れる。

 制御を失った恋人の暴きは止むことがなかった。

(仕方あれへんやろ?――あんたが俺を狂わせたんやから)
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