つむぎとうか
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踏み込む、もう一歩
卒業式の後は謝恩会。
謝恩会に少し遅れるという文面をなぞって、燐は唇を尖らせた。雪男のメールは簡潔明瞭、だが肝心の理由が書いていない。
「久々の顔合わせやのに、何でむすっとしとんのや」
「ふふっ、雪ちゃんがいないからでしょ?」
会場への移動は招待状に付属した鍵で。講師を合わせても多くはない人数が、メフィストの用意した派手なパーティールームに集まった。気心の知れた仲間た ちと笑い合って、開始時刻まで他愛もない話で盛り上がって、けれどやっぱり不在の原因が面白くなくて。
燐は見た。卒業式の終了直後、証書の筒を持ったままの志摩が、人待ち顔で講堂から動かなかったのを。
目当てが出てきた瞬間、一目散に駈け寄って何処かへ連れ去ったのを――志摩が捜していたのは雪男だった。
卒業生代表まで務めた、自慢の弟。受験終了後もあちこちを飛び回り、昨晩やっと帰寮した。どれだけ待っていたかを示すために、雪男の好物を出来る限りこ しらえた。
兄弟で過ごす寮生活も残り僅かだ。医大生と騎士団、立場も住まいも分かれてしまうけれど、家族だから離れても繋がりが切れるわけではない。互いに笑顔で 別れようというのが、塾修了時に定めた約束だった。
燐だって立派とはいえないが祓魔師だ。春からの所属先も既に決まっており、寂しいなんて口にするものか。
だが、同期生とは滅多に会えなくなるだろう。名残惜しいと告げれば、仲間だからねと同意された。初めての友人たち。燐も雪男も、彼らの前では自然体でい られた。
……志摩が、とりわけ雪男に構いたがるのは不思議だった。二年目には当たり前の光景と化していたけれど。
自分とは普通に馬鹿な会話を繰ってばかりの志摩が、雪男に対しては身構えながらもぶつかって壁を壊そうと頑張っていたのを燐は勘づいている。同い年なの に距離をはかれない弟には有効な態度だ。人あしらいの巧い奴だと思った。
けれども、志摩としては単に好きな人にアタックしている感覚だったらしい。
『軟派やった志摩が、女子を語るより熱心に奥村先生に話し掛けとって、俺は目ぇ疑うたわ』
耳打ちしてきたのは勝呂だ。すぐには意味を呑みこめなかったが、いつからか噂で流れた志摩の“本命”の特徴を照らし合わせて納得がいった。
(賢くて不器用で、優しいのにうまく表せないひと?)
それこそ、他ならない雪男のことだった。
だがしかし、友人の身内への片思いなんて安直に応援していいものか。
弟の本心が知れなかった。サタンの息子で経験を積んだ祓魔師で、そういった特殊さを全て承知しているくせ、志摩は真っ直ぐな視線を雪男に向けていた。気 づいていないわけがない。
このまま、有耶無耶に終わらせることを望んでいるならば、燐は味方をするだけだ。留まりたくないなら背中を押そう。恋にしたいなら反対なんてしない。望 むのは雪男の幸せなのだから。
果たして志摩にその技量があるか――
雪男が留守にしていた二週間余り、志摩の様子がおかしかった。会いたいのに合わせる顔がない、という表情。手でも出したなら兄として締め上げるつもり だったが。
「志摩君とのことは、ちゃんと自分でけりをつけるから。兄さんは気にしなくていい」
やっぱり簡潔な文面で、何があったのかは教えないメールがきた。燐はやきもきしながら帰りを待つしか出来なかった。
先刻の雪男は、驚いてはいたものの戸惑いは浮かべていなかった。たぶん言うべきことを決めている。長引いているということは、志摩には喜ばしい結果なの かもしれない。
(俺は口出さねーけど腹立つ!)
いちゃいちゃしてたら釘を刺してやろう。
意外にも、登場は別々。まず雪男が申し訳なさそうに扉を開け、十数分後には志摩がマイペースに合流した。
頬には抑えきれない笑みが刻まれている。それだけで大体予測はついたが。
「ニタニタして気味悪いで志摩。変なもんでも食うたんか」
「坊、ひどっ。ま、機嫌いいんで怒りませんけど」
――驚かんといてな。とうとう、俺に春が来たんです!
勝呂と燐が弾かれたように雪男を見たが、志摩は知らん顔でにやにやしていた。
++++++++++
逃げられなかったのは仕方がない。半月ぶりに顔を見て、心のどこかで安堵したのも事実。
きちんと対峙して、彼の言葉を聞いて受け取って終わらせられると思った。
「俺、先生が進学すること、わかってますよ」
誰から聞いたわけでもなく、行動原理を見透かす程度には想ってきたからと、告白したのと同じ教室に引っ張り込んで。
「急いで祓魔師にならはったんやから、大学生活満喫したらええ。でも、完全に休業する気はないんやろ?」
胡散臭い、耳障りの良い言葉たち。
「兄と僕はどっちも危険因子のままなので。志摩君たちは、なるべく関わらない方が」
「けど俺、先生の面倒事ならいっしょに抱えたいです」
普段は厄介なことから逃げ回っているくせに。
調子の良い志摩が一歩距離を縮めてきても、雪男は微動だにできなかった。追い抜かれた身長に僅かに瞳を揺らした。
「楽に生きるんが難しいんなら、疲れた時だけ寄り掛かってください。ずっとはムリやけど支えますから」
――重い悩みから逃げられへんような先生に、俺は惹かれたんやから。
「……嫌になっても知りませんよ。近づいたことを後悔する日が来るかもしれない」
「そんなら、しばらくの間だけでも試してみはったら?」
志摩は狡い。確固たる意志もなく、いまだって雪男に触れたいからと繰り言を述べる。嘘ではないけれど、いつか撤回するかもしれない覚悟。
けれど、少なくとも今だけは偽らないから。
「あんたには俺が必要や」
さらに一歩、足を踏み出して、ゆっくりと腕を掴んで。
吐息のかかる近さで注ぐ。約三年分募らせてきた恋ごころを。
もう、離せと突き飛ばされることはなかった。
「久々の顔合わせやのに、何でむすっとしとんのや」
「ふふっ、雪ちゃんがいないからでしょ?」
会場への移動は招待状に付属した鍵で。講師を合わせても多くはない人数が、メフィストの用意した派手なパーティールームに集まった。気心の知れた仲間た ちと笑い合って、開始時刻まで他愛もない話で盛り上がって、けれどやっぱり不在の原因が面白くなくて。
燐は見た。卒業式の終了直後、証書の筒を持ったままの志摩が、人待ち顔で講堂から動かなかったのを。
目当てが出てきた瞬間、一目散に駈け寄って何処かへ連れ去ったのを――志摩が捜していたのは雪男だった。
卒業生代表まで務めた、自慢の弟。受験終了後もあちこちを飛び回り、昨晩やっと帰寮した。どれだけ待っていたかを示すために、雪男の好物を出来る限りこ しらえた。
兄弟で過ごす寮生活も残り僅かだ。医大生と騎士団、立場も住まいも分かれてしまうけれど、家族だから離れても繋がりが切れるわけではない。互いに笑顔で 別れようというのが、塾修了時に定めた約束だった。
燐だって立派とはいえないが祓魔師だ。春からの所属先も既に決まっており、寂しいなんて口にするものか。
だが、同期生とは滅多に会えなくなるだろう。名残惜しいと告げれば、仲間だからねと同意された。初めての友人たち。燐も雪男も、彼らの前では自然体でい られた。
……志摩が、とりわけ雪男に構いたがるのは不思議だった。二年目には当たり前の光景と化していたけれど。
自分とは普通に馬鹿な会話を繰ってばかりの志摩が、雪男に対しては身構えながらもぶつかって壁を壊そうと頑張っていたのを燐は勘づいている。同い年なの に距離をはかれない弟には有効な態度だ。人あしらいの巧い奴だと思った。
けれども、志摩としては単に好きな人にアタックしている感覚だったらしい。
『軟派やった志摩が、女子を語るより熱心に奥村先生に話し掛けとって、俺は目ぇ疑うたわ』
耳打ちしてきたのは勝呂だ。すぐには意味を呑みこめなかったが、いつからか噂で流れた志摩の“本命”の特徴を照らし合わせて納得がいった。
(賢くて不器用で、優しいのにうまく表せないひと?)
それこそ、他ならない雪男のことだった。
だがしかし、友人の身内への片思いなんて安直に応援していいものか。
弟の本心が知れなかった。サタンの息子で経験を積んだ祓魔師で、そういった特殊さを全て承知しているくせ、志摩は真っ直ぐな視線を雪男に向けていた。気 づいていないわけがない。
このまま、有耶無耶に終わらせることを望んでいるならば、燐は味方をするだけだ。留まりたくないなら背中を押そう。恋にしたいなら反対なんてしない。望 むのは雪男の幸せなのだから。
果たして志摩にその技量があるか――
雪男が留守にしていた二週間余り、志摩の様子がおかしかった。会いたいのに合わせる顔がない、という表情。手でも出したなら兄として締め上げるつもり だったが。
「志摩君とのことは、ちゃんと自分でけりをつけるから。兄さんは気にしなくていい」
やっぱり簡潔な文面で、何があったのかは教えないメールがきた。燐はやきもきしながら帰りを待つしか出来なかった。
先刻の雪男は、驚いてはいたものの戸惑いは浮かべていなかった。たぶん言うべきことを決めている。長引いているということは、志摩には喜ばしい結果なの かもしれない。
(俺は口出さねーけど腹立つ!)
いちゃいちゃしてたら釘を刺してやろう。
意外にも、登場は別々。まず雪男が申し訳なさそうに扉を開け、十数分後には志摩がマイペースに合流した。
頬には抑えきれない笑みが刻まれている。それだけで大体予測はついたが。
「ニタニタして気味悪いで志摩。変なもんでも食うたんか」
「坊、ひどっ。ま、機嫌いいんで怒りませんけど」
――驚かんといてな。とうとう、俺に春が来たんです!
勝呂と燐が弾かれたように雪男を見たが、志摩は知らん顔でにやにやしていた。
++++++++++
逃げられなかったのは仕方がない。半月ぶりに顔を見て、心のどこかで安堵したのも事実。
きちんと対峙して、彼の言葉を聞いて受け取って終わらせられると思った。
「俺、先生が進学すること、わかってますよ」
誰から聞いたわけでもなく、行動原理を見透かす程度には想ってきたからと、告白したのと同じ教室に引っ張り込んで。
「急いで祓魔師にならはったんやから、大学生活満喫したらええ。でも、完全に休業する気はないんやろ?」
胡散臭い、耳障りの良い言葉たち。
「兄と僕はどっちも危険因子のままなので。志摩君たちは、なるべく関わらない方が」
「けど俺、先生の面倒事ならいっしょに抱えたいです」
普段は厄介なことから逃げ回っているくせに。
調子の良い志摩が一歩距離を縮めてきても、雪男は微動だにできなかった。追い抜かれた身長に僅かに瞳を揺らした。
「楽に生きるんが難しいんなら、疲れた時だけ寄り掛かってください。ずっとはムリやけど支えますから」
――重い悩みから逃げられへんような先生に、俺は惹かれたんやから。
「……嫌になっても知りませんよ。近づいたことを後悔する日が来るかもしれない」
「そんなら、しばらくの間だけでも試してみはったら?」
志摩は狡い。確固たる意志もなく、いまだって雪男に触れたいからと繰り言を述べる。嘘ではないけれど、いつか撤回するかもしれない覚悟。
けれど、少なくとも今だけは偽らないから。
「あんたには俺が必要や」
さらに一歩、足を踏み出して、ゆっくりと腕を掴んで。
吐息のかかる近さで注ぐ。約三年分募らせてきた恋ごころを。
もう、離せと突き飛ばされることはなかった。
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