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つむぎとうか

   
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迷走行進曲 7
修羅場明け

 はじめは、ただ驚いた。
 好きだと告げられた相手は同性で、出会ったばかりの頃は反りの合わない奴だと思っていたが、その認識はやがて真逆の方へ塗り替わっていた。幼なじみたちを除けば、気兼ねなく付き合える初めての友人に、頬を染めて惹かれたと告げられるなど誰が予想できよう。
 真剣な瞳に、嫌悪感は湧いてこなかった。勝呂はしばらく考えさせてくれとだけ言ってその場で返事はしなかった。勇気を振り絞っただろう燐に対して、自分の気持ちにきちんと向き合わなければ失礼だろうと考えたのだ。
 即断で突っ撥ねなかったのが殆ど結論だったのかもしれない。
 
 数日後、勉強を教えに行った部屋で肯定の意志を伝えた。

 流されたとか、同情ではなかった。『期待させないでくれ』とぽろぽろ涙を零した燐に、胸が締め付けられたのは確かだ。でも、勝呂は誰かのためだけに己の心を渡してしまうような真似はしない。
 だから、噛みつくように与えられた口づけも受け止めた。
 燐はこんな顔も出来るのかというくらい柔らかく微笑んで、それ以降は二人きりであれば場所を問わず抱擁やキスを交わすようになっていた。
 隠しもせず真っ直ぐに「好き」と口にする燐を、勝呂もいつの間にか愛しく思っていったのだ。そのままぎこちなくとも“恋”を育んでいける筈だった。

 長年側に居た友人に、まさか同じように迫られるだなんて。
 普段の余裕のある貼り付けたような笑みをかなぐり捨てて、懇願する志摩に或いは応えてやれたのかもしれない。燐と気持ちを通じさせる前なら。
 それはもう閉ざされた道だ。大切な存在に変わりはないが、志摩を選べない。
 広くもないベッドにしがみつく燐の心音を感じながら、勝呂も無理やり目を瞑った――この夜が明けたなら、戻すことが出来るだろうか。



 特進科クラスの前まで行き、やがて登校してくる勝呂を待つ。誰もいない時間帯に廊下に佇むなど自分らしくもない。
 塾まで話せないのは嫌だったから、睡魔を根性で抑えこんだ。……というのは格好つけで、実際は同室で夜を明かす羽目になった雪男に起こしてくれるよう拝み倒した。

『ようやく泣き止んだと思ったら、どこまで図々しいんだ!始末くらい自分でつけろ!』
『そやかて、告白しようか悩んで、ここ数日一睡もできひんかったんですもん』
 失恋したて、という情状酌量要素を汲み取っても、志摩にそこまでしてやる義理はない。でも捨て置けない。厄介だが放り出してはいけない気がした。
『不在だからって兄のベッドを使うのは禁止だから。仕方がない、ここで寝るといい』
 雪男自身は予備の布団を床に敷こうとしたが、増やすのは枕だけでええでしょうと制された。男子高生二人が並んで眠るにはきわどいサイズだったが。

 ――奥村君たちかて、俺のベッドやのうて坊のとこでくっついて寝てるやろうし。

 それはそうだろう。あんな出来事の後で、燐が志摩のベッドを使うはずがない。
 ぬくもりを分け合うのが似合う二人だと思った。志摩に迫られたところで、きっと彼らの気持ちは揺らがない。わかっていたから雪男は諦めたのに。
『勝呂君と兄に、今度ちょっかいかけたら縛り上げますよ』
 物騒な目覚まし文句は効いた。

「坊、昨夜はほんまにすんませんでした」
 まずは頭を下げる。襲われかけたのに、燐が来るまで自失している志摩を宥めてくれた勝呂。恋情は否定するが親愛までなくしたわけではないと、ふるえる指で一生懸命慰めてくれた。
 現れた燐は、入室した瞬間こそ志摩を射るように睨みつけたが、泣き顔と勝呂の対応にばつが悪そうに雪男の所に行け、とだけ言った。電話した時から、あの冷静な同類ならば叱ってくれるだろうと考えていた。
 優しさよりも必要なもの。はたして雪男は、志摩の望む通りに甘やかしなどしなかった。
「……もう二度とあんな真似しいひんなら怒ってへん」
 勝呂も燐も、昨夜の志摩を許す気はないらしい。でも、なかったことにされるのだけは我慢ならない。
「すんません、申し訳ないことしました。――でも、俺の気持ちは戻せませんから」
 顔をあげる。何か言いたげな勝呂を無視して畳み掛けた。“適当な遊び人”に相応しいように。
「ずっと好きやったんはほんまです。今は奥村君に敵わへんかもしれんけど、知っててください。俺は、坊がこっち向く日を常に待っとる、って」
 どれだけ薄く儚い望みだとしても。
「あと、坊には全力で謝罪しますけど、奥村君には謝らへんで。恋仇やもん。宣戦布告、伝えといてください」
「し、志摩、お前っちゅう奴は……っ」
 勝呂は呆れて額を小突いてきた。昨夜浮かべさせてしまったような後ろめたさは拭えたようだ。
「あ、HR始まっちゃいますね。じゃあ坊、また塾で。愛してますよ」
 さらりと、これから何十回でも発するだろう台詞を残して。
 志摩は自分の教室に引き上げた。



(だって狡いやん、奥村君。俺が抑えてきたことあっさり言いはって、坊と、――先生からも想われて)
 脳裏に浮かべるのは叶わない片恋者同士の横顔。
 あのひとはもっと息苦しいんちゃうかな、と思えば、志摩の苦しみは大分減ったのだ。
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