つむぎとうか
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金造と雪男が祓魔塾の同期という捏造あり。
開口一番、じっとしてろと言われて背比べを決行された。
「おい、でかくなったな」
「成長期ですから」
「何を食ったら伸びるんや……!」
奥村雪男は、大袈裟に悲嘆に暮れる知り合いへの対応にやや困惑した。
祓魔師の資格を取って、手探りながらも何度か任務をこなし、見知った顔とパーティーを組むのは初めてだった。
最年少で試験に受かったため、雪男にはあまり遠方への出勤要請がこない。平等に扱って欲しくて不満を訴えれば、養父である藤本に「学校が最優先に決まってるだろ、バーカ」と一蹴された。なので、騎士団の厚意として受け入れている。
今日も正十字学園町内での仕事だったが、詠唱騎士が必要ということで、京都出張所から何名かの祓魔師が派遣されてきていた。
「塾生だった頃はあんなちっこかったくせにムカつく。卒業からまだ半年しか経ってへんぞ奥村!」
「そのうち金造さんも抜かしますので」
最後に会った時から縮まった身長差に、露骨に不機嫌になったのは志摩金造だ。彼は高二で成長期が終わったとぼやいていた。
任務遂行前のミーティングで、隣に座った金髪を眺める。
やたらと騒がしく、皆が遠巻きにしている雪男にも臆さず話しかけてくる人だった。入塾直後は正直鬱陶しかったし、彼の周りはいつも賑やかであったから、こちらから口を開くことはなく。結局仲良くはならなかったのに、雪男の姿を認めると真っ先に駆け寄ってきた。
「暴れている悪魔には詠唱攻撃が有効なので、僕たちは全力でサポートします。さっさと倒しましょう」
「堅苦しいとこは変わってへんな。安心したけど」
嬉しげに目を細め、それでもまだ少し下にある雪男の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。
五つ違いを感じさせないようなあどけない瞳をしているくせして、時折される年下扱い。聞けば雪男と同じ歳の弟がいるのだという。
このひとも“兄”なのだと思えば、腑に落ちるものがあった。
『兄とはみんな、お節介で世話焼きなものなんですか?』
『敬語はやめえて……おう、少なくとも俺の兄貴はめっちゃ頼れるひとやで』
優しくて厳しいから、怒られてばかりいると。次男で跡取りという兄への尊敬をこめて、きらきらした瞳で語った金造。
寮生時代の彼には、確かに兄の燐と似通う何かがあったのに。
町を襲った悪魔たちを滞りなく退治出来て、臨時部隊には解散が告げられた。
京都へ帰る前にと呑みに繰り出す面々。雪男も誘われたが、修道院へ帰る時刻が迫っている。
「中学生やもんなあ、ぐんぐん伸びとるし。狡い」
「まだ背丈にこだわりますか」
せめて茶の一杯くらいは付き合えと粘られ、断るのも薄情な気がしたので乗ることにした。
――やっぱりお前は、変わってへんな。
繰り返し言うことかと眉を顰めると、金造の様子がいつになく真剣そうで――あなたは変わったのですか?という切り返しを喉元で抑えた。
昼間の光では眩しいばかりだった髪は、夕陽の下では翳りを帯びている。向かい側の表情がよく見えない。
窓際を選ぶべきではなかったろうか。
「今日はお疲れさまでした。やはり、京都勤務だと詠唱力が磨けそうですね」
「そら右見ても左見ても本職ばっかやし。そっちも元気そうで何よりや」
労うためだけに誘ったのではないだろうが、それきり金造は口をつぐんだ。どちらも、運ばれてきたコーヒーを啜るだけ。
伝票を掴もうかという段になって、ようやく視線を合わせる。
「なあ奥村、…………手放したくないもんがあるか?」
バカだバカだとからかわれがちだが、とにかく真っ直ぐだった彼が、こんなに歯切れの悪い問いかけをしてくるのは初めてだ。
「……あります。そのために僕は祓魔師になった」
雪男は双子の兄を守りたい。本人も知らない出生の秘密を知って、なお守れるのは藤本と自分しかいないと思う。
「どんな手段を使うて、でも?」
「やり方次第じゃないですか」
金造は真面目に考えを詰めているようだが、抽象的で話が見えない。ジト目を向けたら誤魔化すようににぃっと笑った。
「せやな、立ち止まるなんて俺らしゅうないし」
どうやら自己解決したようだ。椅子の背もたれに掛けたコートを羽織って席を立った。
「はなしたら、あかん」
独り言だが、それは雪男の心境にどこか近いものがあって。
(兄さんだけじゃなく、この人は僕にも似ているのかもしれない)
待たせていた仲間に合流する金造を、会釈しながら見送る。
あの明るい人が、一瞬底無し沼みたいな昏い眼光を放ったのは――気のせいに違いないと。
それきり金造とは連絡をとることもなかったが、雪男が教員になるとどこかで聞いたのか、「今度弟が入学するからよろしく」という趣旨の葉書が届いた。
(志摩、廉造――か)
迎えた四月。金髪の兄に劣らない派手なピンク髪の教え子は、そのうち雪男や燐の生活に多大な影響を与えることになるのだが。
それはまだ、先の話。