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つむぎとうか

   
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迷走行進曲 5
過去編その1、柔金要素あり

 聖職者であるなら、サタンによる大量虐殺など常識だ――老いも若きも、退魔の世界に身を置くならば共通認識と言っていいだろう。
 志摩廉造は“青い夜”を直接体験したわけではない。
 でも、そのせいで狂った人たちを知っている。
 祓魔師である兄たちだ。

 

 正十字学園への受験が迫った、中三の秋。
 やる気の湧きにくい廉造でも、自分より成績の良い幼なじみたちでさえピリピリしているのを目の当たりにすれば少しは火が点くのである。……持続期間は短いが。
 珍しく遅くまで粘った、実力テスト前の晩――
 シャワーを浴びて就寝しようとしていた時だった。
「――っ、 」
 明かりのない廊下で、洩れてきた声が響く。
(? 金兄の寝言かいな)
 襖の向こうは直ぐ上の兄の部屋であり、普段騒がしい兄は眠る時熟睡するのだと知っている弟にしたら意外だった。趣味である音楽を聴いているという様子でもない。
 たとえるならば押し殺すような調子で。
 物音を立てないよう僅かに障子を開くと、驚いたことに二つの影が視認できた。
「また魘されてるんか?」
 眠る兄を添うように抱きしめているのは、やはり兄だった。
 いつもの寝間着。名前の通りやと言って金色に染めた弟をどついた、自然なままの黒い髪。短気だが慕われ頼れる、二番目の兄。
 柔造は慈しむ手つきで金造の背に手をまわした。
「ええ子で眠り、金造」
 年下に優しい、面倒見の良い次兄。四兄は家族が大好きだと公言している。
 廉造だって眠れない夜は母や兄姉の布団に潜りこんだが、遠い昔のことだ。双方が成人しているから、微笑ましいという形容では片付けられない。
 違和感はそこだけではなかった。
(なんで、キスなんかしてんのや……!)
 冷えた夜とはいえあんな距離で向かい合う家族だなんて知らない。肌蹴た裾からのぞく金造の手足はだらりとしていて、安心しきっているように見えた。相手に甘えて預けているように。
 ちいさな者に対するのと同等の視線で、瞼にキスまで落とした柔造。いや、そこでは収まらなかった。涙を溜めた目尻、滴をなぞるように頬へ口元へ、そして――
 無防備な唇を貪った。
 やがて水音が静寂な空間を蹂躙して、これ以上見てはいけないと判断した廉造は来た廊下を戻った。

 うわごとのような金造のことばも、廉造の耳は拾っていた。いっそ聞こえなければ良かったのに。

 ――ひとりにせんといて、柔にい――

 啜り泣くように求める声。熱と悪夢に浮かされたようなまなざしは、どう思い返しても兄弟に向ける類のものではなかった。

 
 自室の布団に横たわっても、意識は冴えるばかりだった。
「いつからおかしゅうなったんやろ」
 天井を仰いで独り言を吐く。

 廉造が物心ついた頃には既に、金造は家族の誰かを追いかけてばかりいた。片時も離すまいとばかりに。
『もう、金兄とは遊ばへんっ!』
 意地悪をされて逃げてきた末息子に、苦笑したのは父の八百造だった。 
『喧嘩売られても愛想つかしたらアカンで。金造なりの愛情表現なんや』
 極端に孤独を嫌うのは、幼い時分に“青い夜”を体験したからだと。
(そやかてお父、息子同士が絆に執着するんはええんか?)
 明朝、兄たちと平常心で接せる自信がない。
 彼らの関係はどのようにして歪んでいったのだろう――とりとめもなく想像する。
 金造は心の一部が幼いまま成長しなかったのだろう。繋ぎ止めるために手を伸ばして、その手が振り払われるはずがなかった。
 柔造は目の前で長兄を喪っている。迫る弟を突き放すことが出来ず、ずるずると関係を続けていたのではないか。
 先刻の柔造の声音は普段と変わらなかった。金造にキスする時も、廉造に手合せを提案する時も、同じように大切な家族に向かう時の調子で。
 禁忌を侵しているというのに、どちらにも恋愛感情はなく、だからこそ目を覆いたくなるほどの狂気。

 ――十五年前の夜が奪ったものは、多くのいのちばかりではなかったのだ。

(坊は、サタンを倒すなんて言いはった。志摩家だけでもこない歪んでるのに、絶対に不可能やろ……!!)
 廉造はやがて主になる勝呂が心配でたまらなくなった。
 明陀という世間を抜けたら、騎士団には彼より強い祓魔師がごろごろいるだろう。
 厳しさを思い知って、寺を守ることに尽力してくれたらいい。再興なんて望まない。そばにいられれば満足なのだから。
 それは忠誠心なんかではなかった。単なる幼なじみへの友情ではましてなかった。
 大好きだと公言してはばからない女子たちを、束にしたってかなわない――気づかないふりはそろそろ限界だろうか。
(けど俺は、坊にあんなことしぃひん!確実に拒絶される)
 受け容れられるなんて甘い仮定は存在しないから。
 兄ふたりの異常を見なかったことにして、心の奥にしまって錠を下ろした。

 

「“青い夜”を知らんの?――はぁ、珍しいな」
 入塾して出会った、異色の同期生。
 勝呂が奥村燐に反発しながらも親しんでいき。
 やがて廉造自身が取り返しのつかない嫉妬に溺れていくことになるのは、この夜から半年以上後の出来事である。

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